りました」
「ふむ」と浪之助は鼻で云った。
「ただそれだけか。え、お組」
「…………」
「一年ぶりで逢った二人だ。浪之助様がお居でになると、ただそう思って見ていただけか」
少し愚痴とは思ったが、そう云わざるを得なかった。
なるほど二人の往昔《そのかみ》の仲は、死ぬの生きるの夫婦《いっしょ》になろうのと、そういったような深い烈しい、燃え立つような仲ではなかった。とはいえ双方好き合い愛し合った。恋であったことには疑いなく、しかも争いをしたのでもなく、談合づくで別れたのでもなく、恋は続いていたのであった。そうだ、続いていたのであった。それだのに女は一言も云わず、別れましょうとも切れましょうとも、何とも云わずに姿を消し、今日迄|消息《たより》しなかったのである。さて、ところで、今逢った。と、そのような冷淡なのである。
愚痴も厭味も浪之助としては、云い出さないではいられないではないか。
で、そう云って睨むように見詰めた。
「それにさ、いかに心持が、わしから冷やかになっているにしても、坐れとぐらい何故云ってくれぬ」
いかさま浪之助はまだ立っていた。
これには源女も済まなく思ったか、
「
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