えていた。
(こりゃアいけない)
 と浪之助は思った。
(まるでこりゃア段違いだ)
 老武士の構えも立派ではあったが、しかし要するに尋常で、構えから見てその伎倆《うで》も、せいぜいのところ免許ぐらい、しかるに一方壮年武士の方の伎倆は、どっちかというと武道不鍛練の、浪之助のようなものの眼から見ても、恐ろしいように思われる程に、思い切って勝れているのであった。
 それに浪之助には何となく、この二人の試合なるものが、単なる業《わざ》の比較ではなく、打物《うちもの》こそ木剣を用いておれ、恨みを含んだ真剣の決闘、そんなように思われてならなかった。
 豊かの頬、二重にくくれた頤、本来の老武士の人相は、円満であり寛容であるのに、額《ひたい》を癇癖《かんぺき》の筋でうねらせ、眼を怒りに血ばしらせている。
 これに反して壮年武士の方は、怒りの代わりに嘲りと憎みを、切長の眼、高薄い鼻、痩せた頬、蒼白い顔色、そういう顔に漂わせながら、焦心《あせ》る老武士を充分に焦心らせ、苦しめるだけ苦しめてやろうと、そう思ってでもいるように、ジワリジワリと迫り詰めていた。
(やるな)
 と浪之助の思った途端、壮年武士の木剣
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