よかろうぞ、汝らの父親庄右衛門のために、堪忍ならぬ恥辱を受け、武士の面目討ち果し、立ち退いて来たこの拙者だ、何の見忘れてよかろうぞ。それにもかかわらずこの拙者を、敵呼ばわり片腹痛し、怨みといえば某《それがし》こそ、かえって汝らに持つ身なるわ! ……敵討とな、笑止千万! 逆怨みとは汝らのことよ! ……が、逆怨みしてこの拙者を、討ち取るとあらば討ち取られよう。とはいえ只では討ち取られない。いかにも尋常の勝負してくれよう。その上での命の遣り取り! あべこべに汝ら討って取られるなよ。……やあ高萩の兄弟衆、お聞き及び通りご覧の如く、こやつら二人逆怨みして、拙者を敵と云いがかり、理不尽にも討ち取ろうといたします。拙者は一人相手は二人、日頃の誼《よし》み兄弟分の情、何卒お助太刀下されい」
 卑怯にも黒白を逆に云い做らし[#「云い做らし」は底本では「云ひ做らし」]、思慮の浅い博徒を唆《そそ》り[#「唆《そそ》り」は底本では「唆《そそ》そり」]、主水兄妹を討ち取らせようと、そう陣十郎は誠しやかに叫んだ。
「合点だ、やれ!」と応じたのは猪之松の乾兒《こぶん》の角太郎であった。
「水品先生を敵と狙う! とんでもねえ奴らだ料ッてしまえ!」
「合点だ、やれ!」
「やれやれやれ!」
 八五郎、権六、〆松、峯吉、無法者の四人の乾兒達も、そう叫ぶと脇差を一斉に抜いた。
 親分猪之松と林蔵とが、二人ばかりの果し合いに、今も白刃を構えている[#「構えている」は底本では「構えるている」]、親分の命で手出しが出来ない、謂う所の脾肉の嘆! それを喞っていた折柄であった。切り合う相手が現われた。理非曲直《りひきょくちょく》は二の次である、血を見ることが出来、切り合うことが出来る、これだけでもう満足であった。
「やれやれ!」と喚きをあげながら、主水と澄江とを引っ包み、無二無三に切りかかった。
 主水は驚き怒ったが、妹澄江を背後に囲うと、
「やあ方々理不尽めさるな、我等は主君よりお許しを受け、免状までも頂戴致し、公に復讐に参ったものでござる! 怨敵は水品陣十郎、その陣十郎をお助けなさるとは、伊達衆にも似合わざる無道の振舞、お退き下され、ご見物下され!」
 必死の声でそう叫んだ。
 と、姦物陣十郎は、鷺を烏と云いくるめる侫弁、
「あいや方々|偽《いつわり》でござるぞ、彼らの言葉をお信じ下さるな。免状を持った公の復讐何の何の偽りでござる。こやつら二人父の不覚が、身の破滅となり知行召し上げ、屋敷を放逐されたはず、人の噂で聞き及び居ります。所詮は浪人の窮餘の索、拙者を討ち取ってそれを功に、帰参願おうの手段でござる!」


「そうとさそうとさ!」
「それに相違ねえ」
「何でもいいから料ッてしまえ!」
 角太郎はじめ五人の博徒は、主水兄妹に切りかかった。
 こうなっては問答は無益、切り払って危難をまぬがれ、陣十郎に近寄って、討ち取るより他に策はなかった。
「理非を弁えぬ汝ら博徒、その儀なれば用捨はならぬ、切って切って切りまくり、五ツ屍を積んで見せる……妹よ、澄江よ、背を合わせて……」
「あい」と云うと妹澄江も、血相変えて一所懸命、懐刀逆手に真向に構え、背中を主水の背中に附けた。
「くたばれ、野郎!」とその瞬間、主水目掛けて躍りかかったは、剣法は知らぬが喧嘩には巧みの、切り合いには手練の角太郎であった。
 音! 鏘然、つづいて悲鳴!
 捲き落とされた脇差が、土煙立つ街道に落ち、肩を割られた角太郎が、足を空ざまに宙に上げ、
「切られた――ッ、畜生! ……畜生! 畜生! 畜生!」
 倒れてノタウチ這い廻り、はだけた胸を血で濡らした姿が、悲惨に醜く眺められた。
「ワ――ッ」と博徒どもは一度に退いた。
「妹、つづけ!」とその隙を狙い、開けた人垣から突き進み、陣十郎目掛けて主水は走った。
「陣十郎! 汝《おのれ》! ……尋常に勝負!」
 真向に刀を振り冠り、走り寄られて陣十郎は、既にこの時抜いていた刀を、これは中段に構えながら、主水の凄じい気勢に壓せられ、剣技はほとんど段違いの程度に、自身《おのれ》勝っては居りながら、ジタジタと後へ引き、しばらく姿勢を保ったが、敵わぬと知ったか何たる卑怯! 街道を逸れて耕地の方へ主水へ背を向け走り出した。
「逃がしてなろうか、汝《おのれ》陣十郎! 穢き振舞い、返せ、勝負!」
 主水は罵って後を追った。
 二十間あまりも追ったであろうか、
(妹は?)と気が付き振り返った。
 四人の博徒に取り囲まれ、切りかかる脇差を左右に反《か》わし、脱けつ潜りつしている澄江の姿が、街道の塵埃《ほこり》を通して見られた。
(南無三、妹を死なしてなろうか!)
「澄江ヨ――ッ」と呼ばわり引っ返したが、
「主水勝負!」と陣十郎の声が、刹那背後から聞こえてきた。
「心得たり!」と振り返った
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