ら、一刀に斬った奴なのだな)
こう思ったからである。
乞食の一団は逸見屋敷の裏門の前で足を止めた。
逸見屋敷の巨大な内土蔵の中に、二人の人間が話していた。
一人は馬大尽の井上嘉門であり、もう一人は逸見多四郎であった。
二人の眼前にあるものといえば、鋲や鉄環で鎧われたところの、巨大ないくつかの唐櫃であり、その中に充ちている物といえば、黄金の延棒や銀の板や、その他貴金属の器具や武具であった。
昭和年間の価値に換算したら、何百萬両になろうとも知れなかった。
「なるほど」と多四郎は溜息をしながら云った。
「伝説以上の莫大な財産で」
「さようで」と嘉門は頷いて云った。
「名古屋逸見家にある分だけが、これだけなのでございます……。この他に知多の逸見家にも、また犬山の逸見家にも、これほどの財宝が蔵してありますので」
「その三家を支配している者が、貴殿井上嘉門殿なので」
「はい代々井上嘉門が支配いたして居りました。……で、この秘密を保つために、逸見三家は家憲として、外界《そと》との交際を避けて居りました」
「それは聡明なやり口ではござるが、しかしこれほど莫大な財宝を、死蔵いたすということは……」
「さようさよう」と嘉門は云った。
「今後これまでのような保存のやり方では、よろしくないように存ぜられまする……それにこのように貴方《あなた》様へ財宝の在り場所お知らせした以上、今後ともお力添《ちからぞ》えをいただいて、この財宝の使用方につき、研究いたしたく存じまする」
「結構、何なりとお力になりましょう」
それにしてもどうしてこの二人が、こんな逸見家などにいるのであろう?
それは例の騒動から嘉門や多四郎たちは木曽福島に遁れ、そこから共に名古屋の地へ来、逸見三家の実際の主人が、井上嘉門その人だったので、まず名古屋逸見家の屋敷へ、一同入ったのにすぎないのであった。
2
この時|主家《おもや》の方角から、喧騒の声が聞こえてきた。
嘉門と多四郎とは眼を見合せたが、内蔵を出ると扉をとじ、主家の方へ走って行った。
見れば、一大事が起こっていた。
得物を持った多数の乞食が、撞木杖をついた浪人に指揮され、家財を奪おうとしているのを、家の者が防いでいるのであった。
編笠を刎ねのけた撞木杖の武士は、ほかならぬ水品陣十郎であった。
その陣十郎は右の片手で、お妻の襟がみを掴んでいた。
井上嘉門の領地内で、一騒動を起こしたが、自分も負傷して不具となった。左の片足を傷つけたのである。
福島へ出、名古屋へ出た。
生活の道がなかったので、とうとう乞食にまでおちぶれてしまった。
乞食仲間を煽動し、今宵逸見家を襲ったのは、金銭を得ようためだったのである。さて逸見家へ乱入して見れば昔の情婦で自分を裏切ったお妻が、意外にも姿を現わした。
「おのれ!」とばかり引っとらえたのである。
と、そこへ駈け込んで来たのが、嘉門とそうして多四郎とであった。
「陣十郎オーッ」
「あッ、逸見先生!」
陣十郎は仰天し、片手でお妻を小脇に抱くと、撞木杖を飛ばして走り出した。
「待て! 陣十郎オーッ」と追う多四郎を、乞食どもは遮った。
「邪魔するか汝《おのれ》!」と怒った多四郎が、刀を抜いた瞬間に、乞食を背後から斬り仆す者があった。
それは秋山要介であった。
「や、貴殿は秋山氏!」
「おおこれは逸見先生で」
「秋山氏には、どうしてここへ?」
「乞食ども怪しい片輪武士と、ともどもこの屋敷へ潜入いたしましたを、つけて参って拙者見届け、押込みと推し、ご注意いたそうと、拙者も潜入いたした次第で」
「その片輪武士こそ陣十郎でござる」
「ナニ、陣十郎? さようでござったか。……してそ奴、陣十郎めは?」
「お妻と申す女を奪い、たった今しがた逃げましてござる」
「追いましょう、逃がしてはならぬ」
「御意で! 追いましょう、遠くは行くまい!」
多四郎と要介とは走り出した。
乞食どもはいつか逃げ散っていた。
お妻を引っかかえた陣十郎は、この頃耕地を走っていた。
後から追って来る足音がする。
(どこかへ隠れて……隠れなければならない)
見れば一軒の農家があって、燈火の光が洩れて見えた。
(よしあそこへかくまって[#「かくまって」に傍点]貰おう)
陣十郎はそっちへ走った。
雨戸が一枚あいていて、人の姿がそこにぼんやりと見えた。
「狼藉者に襲われましたもの、しばらくおかくまい[#「おかくまい」に傍点]下されい」
「よろしゅござる」とその人は云い、一方へ躰を開いた。
本懐遂ぐ
で、燈火が雨戸の間から、ほのかながらも庭先へ射した。
「やア、汝は水品《みずしな》陣十郎オーッ」
「誰だ? やア鴫澤主水《しぎさわもんど》かアーッ」
縁に佇んでいた者は、鴫澤主水その人であった。
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