討ち果したところで自慢にもならず、もし反対に討たれでもしたら――相手は随分強そうであるから、――討たれでもしたら恥辱の恥辱である。
 で黙っているのであった。
 この時要介はヒョイと立った。
 そうして部屋を出て行った。

 満月の光を浴びながら、秋山要介は大曾根の方へ、静かな足どりで歩いて行った。
 まだこの辺りは屋敷町で、昼もひっそりとしたところなのであるが、更けた夜の今はいよいよ寂しく歩く人の足音もなく、歩く人の姿もなかった。

疑い合う兄妹


 この夜大曾根の農家の一間に、兄妹の者が話していた。
 主水《もんど》とそうして澄江《すみえ》とであった。
 馬大尽井上嘉門の領地の、あの生地獄へ落された澄江が、どうしてこんな所に来ているかというに、あの夜暴民たちはその生地獄の上の、断崖へ押しよせて行き、生地獄にいる人々を助けようとして、幾筋となく綱を下ろした。
 それへ縋って地獄の人々は、あの谷から引き揚げられた。
 その中に澄江もいたのであった。
 そうして暴動の人渦に雑って、嘉門の領地をさまよっているうちに、幸運にも義兄の主水と逢った。
 その時の二人の喜びは!
 互いの過去を物語り、巡り逢えた幸運を感謝しながら、井上嘉門の領地を遁れ、まず福島の宿《しゅく》へ来た。
 そこで陣十郎の消息を尋ねた。
 名古屋の城下へ行ったらしかった。
 で、兄妹は連れ立って、名古屋へ来たのであって、この地へ来ると主水と澄江とは、とりあえず旅籠《はたご》に逗留して、陣十郎の行方《ゆくえ》を尋ねた。
 が、城下はなかなかに広く、行方を知ることが出来なかった。
 それにこれまでの艱難辛苦で、主水の躰も澄江の躰も、疲労困憊を尽くしていた。
 静養しなければならなかった。
 それに旅用の金子なども、追々少なくなって来たので、城下の旅籠を引払い、農家の離家を借り受けて、そこへ移って自炊をし、敵《かたき》の行方を尋ねると共に、身体をいたわることにした。
 鳴きしきる虫の音に時々まじって、木葉の落ちるしめやかな音が、燈火の暗い古びた部屋へ、秋の寂しさを伝えて来た。
「お兄様ご気分はいかがですか?」
 心配そうに澄江は訊いた。
「うむ、どうもよくないよ」
 主水はこの頃病気なのであった。
 と云ってもこれといって、心臓とか肺臓とか、そういうものの病気ではなく、気鬱の病気にかかっているのであった。
(澄江が水品陣十郎と、寝泊りをして旅をして来たとは!)
 このことが気鬱の原因であった。
 互いに過去の話をした時、このことを澄江は主水に話し、寝泊りして旅こそして来たが、躰に――貞操には欠けるところがないと、このことについては力説した。そこで主水もお妻と一緒に、寝泊りをして旅をして来たことを、きわめて率直に打ちあけて、そうしてやはり肉体的には、なんら欠点のないということを、澄江が安心するように話した。
 艱難辛苦をしたあげく、久しぶりで逢った主水と澄江とは、その邂逅に歓喜して、疑わしい過去のそういう生活をも、疑うことなく許し合った。
 が、その歓喜がやがて消えて、平静の生活に返って来ると、相互にこのことが疑われ出した。
 二人は兄妹とはいうものの、行く行くは夫婦になるべきところの、義兄妹であり許婚《いいなずけ》であった。
 そうして水品陣十郎が、父庄右衛門を殺害《さつがい》したのは、澄江に横恋慕した結果からのはずだ。
 その陣十郎と二人だけで、寝泊りして旅をして来たという!
 主水は苦悶せざるを得なかった。


 主水が苦悶すると同じように、澄江も苦悶せざるを得なかった。
(あの好色のお妻という女と、一つ宿に寝泊りして、旅をして幾日か来たからには、ただではすむべきはずがない。情交があるものと思わなければならない)
 苦悶せざるを得ないのであった。
 そういう二人の心持を――その苦しい心持を、カラリと晴らす方法はといえば、陣十郎とお妻とが現われて来て、その二人が自分の口から、そういう関係のなかったということを、証明するより外はなかった。
 ところが二人は二人ながら、主水たちの敵であり、その行衛《ゆくえ》は未だに知れない。従って二人の苦しい心持の、解け消える機会はないのであった。
「澄江殿」と他人行儀の、冷い口調で主水は云った。
「長の月日お父上の敵、陣十郎めを討とう討とうと、千辛万苦いたしても、今に討つことならぬとは、われわれ二人神や仏に、見放された結果かもしれませぬ……将来どのように探そうとも、陣十郎の行衛結局知れず……知れず終《じま》いになろうもしれませぬ……わしにとっては無念至極ではござるが、澄江殿にとってはその方が、かえってよいかもしれませぬのう……アッハッハッよいともよいとも!」
「…………」
 澄江は返事をもせず首垂れていた。
(また皮肉を仰有《お
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