郎は凄じく云った。
「不肖な弟子を手討ちにいたす!」
するとこの時まで多四郎の言葉を黙々として聞いていた林蔵が、抜身をソロリと鞘におさめ、つかつかと多四郎の前へ出て云った。
「逸見先生に申し上げまする、私をもお手討ちにして下さいませ」
首をすっと差しのべた。
「?」
多四郎はただ林蔵を見詰めた。
「先生の秘蔵弟子の猪之松殿を、不肖におとしましたは、この林蔵にござりまする」
「…………」
「林蔵さえ争いを仕掛けませねば、穏和な高萩の猪之松殿には決闘などいたしはしませぬ」
「…………」
「私をもお手討ち下さりませ」
そういう林蔵の真面目な顔を、多四郎はつくづく眺めていたが、
「さすがは男、立派なお心! 多四郎ことごとく感心いたしてござる……そこで多四郎よりお願いすることがござる。……林蔵殿、猪之松と和解下さい……」
「…………」
「一つ秩父《ちちぶ》の同じ地方で、それほどの立派な男が二人、両立して争うとはいかにも残念! 戦えば両虎とも傷つきましょう。和解して力を一つにすべきじゃ」
「殿様……」と林蔵は頭を下げた。
「まことにごもっとものお言葉、林蔵身にしみてござります――高萩のに否《いな》やありませねば、私よろこんで和解いたしたく――」
「おお赤尾の俺とて承知だ!」と猪之松も嬉しそうに決然と云った。
「これまでのもつれ[#「もつれ」に傍点]水に流して、二人和解し親しくなろうぜ」
この時木陰から声がかかった。
「この要介も大賛成じゃ」
秋山要介が木陰から出て来た。
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そうして、その後からついて来たのは浪之助とそうして源女であった。
いずれも井上嘉門の領地の一大混乱の渦から遁れ、ここまで下って来たのであった。
そうして要介は木陰に佇み多四郎の扱いを見ていたのであった。
「猪之松と林蔵との和解は賛成、重ねて逸見殿と拙者との争いも、和解ということになりましょうな」
磊落な要介はこう云って笑った。
「おおこれは秋山氏が、意外のところでお目にかかりました。林蔵殿と猪之松との和解、貴殿と拙者との武芸争いの和解! いずれをもご賛成下されて逸見多四郎満足でござる」
多四郎もいかにも嬉しそうに云った。
「それに致しても秋山殿には何用あって、このような所に?」
「それは拙者よりお訊きしたい位で、何用あって逸見殿にはこのような所においでなさるるな?」
「実は井上嘉門殿の屋敷に、滞在いたして居りましたところ……」
「これはこれは不思議なことで、拙者も井上嘉門殿の屋敷に滞在いたして居りましたので……」
「や、さようで、一向存ぜず、彼の地にて御面会いたすこと出来ず、残念至極に存じ申す」
「しかるに今回の騒動! そこで引揚げて参りましたので」
「実は拙者も同様でござる」
この時嘉門は駕籠から出て、改めて要介へ挨拶をした。
「ここに居りましても致し方ござらぬ、ともかくも福島まで引揚げましょう」
こう多四郎が云ったので、一同それに同意した。
一同がこの地から立ち去った後は、またこの地はひとしきり、深い林と月光との、無人の静かな境地となっていた。
しかし岩陰には陣十郎が負傷に苦しんで呻いていた。
大岩の陰にいたために、多四郎にも要介にも見あらわされず、そのことは幸福に感じられたが、お妻や源女を見かけながら、どうにもすることが出来なかったことは、彼には残念に思われた。
「ここに居ても仕方がない」
こう思って彼は立ち上った。
「痛い! 痛い! 痛い!」と声をあげ、陣十郎はすぐに仆れ、右の足の膝の辺りを抑えた。
「あッ……膝の骨が砕けて居るわ」
やがて秋が訪れて来た。
御三家の筆頭尾張家の城下、名古屋の町にも桜の葉などが風に誘われて散るようになった。
この頃知行一万石、石河原《いしかわら》東市正のお屋敷において月見の宴が催され、家中の重臣や若侍が、そのお屋敷に招かれていた。
竹腰但馬、渡辺半左衛門、平岩|図書《ずしょ》、成瀬|監物《けんもつ》、等々の高禄の武士たちは、主人東市正と同席し、まことに上品におとなしく昔話などに興じていたが、若侍たちは若侍たちで、少し離れた別の座敷であたかも無礼講の有様で、高笑、放談、自慢話――女の話、妖怪変化の話、勝負事の話などに興じていた。
と佐伯勘六という二十八九歳の侍が、
「辻斬の噂をお聞きかな」と、一座を見廻して云い出した。
月見の宴で
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「辻斬の噂、どんな辻斬で?」と前田主膳という武士が訊いた。
「撞木杖をついた跛者《びっこ》の武士が辻斬りをするということで厶《ござ》るが」
「その噂なら存じて居ります」
「不思議な太刀使いをするそうで」
「こうヒョイと車に返し、すぐにドッと胴輪切りにかける――ということでありますそうで」
この話はこれで終ってしまった。
盃が廻り銚子が運ばれ、
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