えば身が震えるのであったが、悩乱状態の陣十郎には、やはりこの事も冷静な気持で、回想することなど出来なかった。
(こんな所で死んではたまらない! 早く人里へ! 早く福島へ!)
このことばかりを思い詰め、ノタウチながら呻き声を、先刻《さっき》から上げているのであった。
もう林蔵にとっても猪之松にとっても、呻き声など問題ではなくなっていた。
次第に迫る呼吸《いき》をととのえ、一気に雌雄を決しようと、刻足《きざみあし》をしてジリジリと[#「ジリジリと」は底本では「ヂリヂリと」]進んだ。
しかし又もこの折柄、意外の障害が湧き起こった。
雑木林の間から、数本のたいまつ[#「たいまつ」に傍点]の光が射し、四挺の駕籠を取巻いて、十数人の人々が、忽然現われて来たことであった。
2
井上嘉門の一団であったが、四梃の駕籠に乗っている者は、嘉門と逸見《へんみ》多四郎と、お妻とそうして東馬とであった。
「や、これは逸見先生で」
猪之松は思わず叫ぶように云って、岩を廻って数間走った。逃げたというのでは決してなく、自分の剣道の師匠であり、日頃から無用の腕立てや、殺生を厳しく戒《いまし》められている、その逸見多四郎にこんな姿を――抜身をひっさげているこんな姿を、こんなところで見られるということが、面伏せに思われたからであった。
しかし直ぐに思い返し、苦笑いをして足を止めた。
「そこに居るのは猪之松ではないか」
いち早くその姿を見かけたらしく、駕籠の中から多四郎は叫んだ。
「駕籠しばらく止めるがよい」
止まった駕籠から多四郎は出て、猪之松の方へ寄って行った。
「抜身をひっさげ何をしているのじゃ」
云い云いこれも猪之松の横に、これも抜き身を引っさげて、これも苦笑をして佇んでいる赤尾の林蔵をジロリと見、
「そなたは赤尾村の林蔵殿じゃな」
猪之松が数間走ったので、それに連れて自分も数間走り、猪之松が足を止めたので、自分も足を止めた林蔵は、こう云われて頭を下げ、
「逸見の殿様でございまするか、意外のところでお目にかかり、恐縮至極に存じまする」
顔見知りの逸見多四郎だったので、こう林蔵は憮然として云った。
多四郎の方でも林蔵の顔は、以前に見かけて知っていた。それに自分の剣道の弟子たる高萩の猪之松の競争相手――そう云うことも知っていた。で、この場の光景から、心に響くものが少なからずあった。
「猪之松」と鋭い声で云った。
「決闘《はたしあい》か? そうであろう!」
「…………」
猪之松は頭を下げた。
「猪之松!」と又も多四郎は云った。
「決闘! それもよかろう! ……が決闘したその後において、一体どのような良いことが残るのか?」
「…………」
「決闘! 決闘……さてその結果は一人が死ぬ! ……そうだ一人は殺されるのだ! よくよくのことがなければのう、決闘などするものではない」
「…………」
「理由は何か、云ってみい」
「はい」と猪之松は神妙に云った。
「ここに居りまする林蔵の子分に、藤作と申するものがござりまするが、その者が、わたくしの賭場へ参り、乱暴狼藉いたしましたゆえ、私子分ども腹を控えかね、みんなして袋叩きにいたしましたところ……」
「賭場荒しが原因だな」
「はい、さようでござります」
「みんなして藤作を叩いたといえば、争いは五分々々というものだな」
「まあ左様でございますが……」
「では、どうしてお前たち二人、あらためてここで決闘などするのだ?」
「子分の怨みは上に立つ者の……」
「親分の怨みになるという訳か」
「そればかりでなく、ずっと以前から、林蔵と私とは犬猿もただならず……」
3
「そのような噂も聞いて居る、がその不和の原因も、要するに縄張りの取り合いとか、勢力争いだということではないか」
「はい左様にござります、が私共渡世人にとっては縄張りと申すもの大切でありまして……」
「一体誰から許されて、縄張りというようなものをこしらえたのじゃ?」
「…………」
「土地はお上、ご領主の物、それをなんぞや博徒風情が、自分の勢力範囲じゃの縄張りじゃのと申し居る」
「…………」
「一体お前たちは、何商売なのじゃ?」
「…………」
「無職渡世などと申しているが、お上で許さぬ博奕をし、法網をくぐって日陰において生くる、やくざもの[#「やくざもの」に傍点]、不頼漢ではないか!」
「…………」
「そういう身分のその方なら、行動など万事穏便にし、刃傷沙汰など決していたさず、謹しんでくらすのが当然じゃ! それをなんぞや決闘とは! ……猪之松、其方《そのほう》はわし[#「わし」に傍点]について剣道を学んだ者だった喃《のう》」
「お稽古いただきましてござります」
「では其方はわし[#「わし」に傍点]の弟子じゃ」
「申すまでもございません」
「直れ!」と多四
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