にならねばなりませんのねえ」
「はいそれに誘拐《かどわか》されました妹の、行方を尋ね取り戻さねば……」
「そうそう、そうでございましたわねえ」
お妻はまたも微笑したが、
「そのお妹御の澄江《すみえ》様、まことは実のお妹御ではなく、お許婚《いいなずけ》の方でございましたのね」
そう云った時お妻の眼へ、嫉妬《ねた》ましさを雑えた冷笑のようなものが、影のようにチラリと射した。
「はい」と主水は素直に云った。
「とはいえ永らく兄妹として、同じ家に育って参りましたから、やはり実の妹のように……」
「さあどんなものでございましょうか」
云い云い髪へ手をやって、簪《かんざし》で鬢の横を掻いた。
「お許婚の方をお連れになり、敵討の旅枕、ホ、ホ、ホ、お芝居のようで、いっそお羨《うらやま》しゅうございますこと……」
主水は不快な顔をしたが、グッと抑えてさりげなく[#「さりげなく」に傍点]、
「その妹儀あれ以来、どこへ連れられ行かれましたか……思えば不愍……どうでも探して……」
「不愍は妾もでございますよ」
お妻の口調が邪見になり、疳を亢ぶらせた調子となった。
「人の心もご存知なく……妾の前でお許婚の、お噂ばかり不愍とやら、探そうとやら何とやら、お気の強いことでございます」
グッと手を延ばすと膝の前にあった、冷えた渋茶の茶碗を取り、一口に飲んでカチリと置いた。
「妾の心もご存知なく!」
西陽が障子に射していて、時々そこへ鳥影がさした。
生垣の向こう、手近の野良で、耕しながらの娘であろう、野良歌うたうのが聞こえてきた。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]|背戸《せと》を出たればナー
よいお月夜で
様《さま》の頬冠《ほおかむ》ナー
白々と
[#ここで字下げ終わり]
二人はしばらく黙っていた。
と、不意に怨ずるように、お妻が熱のある声で云った。
「ただに酔興で貴郎様を、何であの時お助けしましょうぞ。……その後もここにお隠匿《かくま》いし、何の酔興でご介抱しましょう。……心に想いがあるからでござんす」
5
主水は当惑と多少の不快、そういう感情をチラリと見せた。
が、お妻はそんなようにされても、手を引くような女ではなく、
「あの際お助けしなかろうものなら、陣十郎が立ち戻り、正気を失っている貴郎様を、討ち取ったことでござりましょうよ。……恩にかけるではござりませぬが、かけてもよいはずの妾《わたし》の手柄、没義道《もぎどう》になされずにねえ主水様……」
「あなた様のお心持、よう解っては居りまするが、……そうしてお助け下されました、ご恩の程も身にしみじみと有難く存じては居りまするが……」
そう、主水はお妻の云う通り、あの日陣十郎を追って行き、疲労困憊極まって、鎮守の森で気絶した時、お妻の助けを得なかったなら、後にて聞けば陣十郎が、森へ立ち戻って来たとはいうし、その陣十郎のために刃の錆とされ、今に命は無かったろう。だからお妻は命の恩人と、心から感謝はしているのであり、そのお妻が来る度毎に、それとなく、いやいや、時には露骨に、自分に対して恋慕の情を、暗示したり告げたり訴えたりした。でお妻が自分を助けた意味も、とうに解ってはいるのであった。
さりとてそのため何でお妻と、不義であり不倫であり背徳である関係、それに入ることが出来ようぞ!
「主水様」とお妻は云った。
「あなた様にはまだこの妾《わたし》が陣十郎の寵女《おもいもの》、陣十郎の情婦《いろおんな》、それゆえ心許されぬと、お思い遊ばして居られますのね」
下から顔を覗かせて、主水の顔色を窺った。
「いかにも」と主水は苦しそうに云った。
「それを思わずに居られましょうか。……討ち取らねばならぬ父の敵《かたき》! 陣十郎の寵女、お妻殿がそれだと知りましては、心許されぬはともかくも、何で貴女《あなた》様のお志に……」
「従うことなりませぬか」
「不倶戴天の[#「不倶戴天の」は底本では「不具戴天の」]敵の情婦に……」
「では何でおめおめ助けられました」
「助けられたは知らぬ間のこと……」
「では何で介抱されました……」
答えることが出来なかった。思われるはただ機を失した! 機を失したということであった。
助けられたその翌日、訊ねられるままにお妻に対し、主水は姓名から素性から、その日の出来事から敵討のことから、敵の名さえ打ち明けた。
と、お妻は驚いたように、主水の顔を見詰めたが、やがて自分が陣十郎の情婦、お妻であることを打ち明けた。
これを聞いた時の主水の驚き!
同時に思ったことといえば、
(助けられなければよかったものを!)
――というそういうことであり、直ぐにも立ち退こうということであった。
6
(直ぐに立ち退いたらよかったものを)
今も主水《もんど》はこう思っ
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