お酌の美しい若衆武士が、華やかに座を斡旋して廻った。
「拙者数日前備前屋の店頭で、長船《おさふね》の新刀をもとめましたが、泰平のご時世試し斬りも出来ず、その切れ味いまに不明、ちと心外でございますよ」
と、川上|嘉次郎《かじろう》という武士が云って、酔った眼であたりを見廻した。
「貴殿も新刀をおもとめか、実は拙者ももとめましてな……相州物だということで厶るが、やはり切れ味は不明で厶る」
こう云ったのは二十五六才の、古巣右内という武士であった。
「ナーニ切れ味を知りたいとなら、近くの大曾根の田圃へ行き、乞食でも斬れば知れ申すよ」と柱に背中をもたせかけて、赧顔を燈火に照し、少し悪酔をしたらしい、金田一新助という武士が云い、
「近来お城下に性のよくない、乞食が殖えたようで、機会あるごとにたたっ斬った方がよろしい」
「なるほどこれは妙案で厶るな」
「乞食なら斬ってもよろしかろう」と二三人の武士が雷同した。しかしこの話もこれで終り、女の話へ移って行った。
「拙者ひどい目に逢いましたよ」
瀬戸金彌という二十二三の武士が、苦笑いしながら話し出した。
「数日前の夜で厶るが、大須の境内を歩いて居りますと、若い女が来かかりました。あの辺りのことで厶るによって、夜鷹でもあろうと推察し、近寄ってヒョイと手を取りましたところ、その手を逆に返されまして、途端に拙者ころびましたが、どうやら女に投げられたようで」
「アッハッハッ」と一同は笑った。
「女をころばすのは判っているが、女にころばされるとはサカサマじゃ」
「そこが色男の本性かな」
「その女|柔術《やわら》でも出来るのかな?」
「さようで」と金彌という武士は云った。
「零落をした武家の娘――と云ったような様子でござった。身装は穢くありましたが、顔や姿は美しく上品でありましたよ」
この時川上嘉次郎と、古巣右内とが囁き合い、金田一新助へ耳うち[#「うち」に傍点]をした。すると新助はニヤリと笑い、二三度頷いて立ち上り、つづいて嘉次郎と右内とが立ち、こっそり部屋を出て行った。
雑談に余念[#「余念」は底本では「余年」]のない一座の者は、誰もそれに気がつかなかったが、床柱に背をもたせかけコクリコクリと居眠りをしていた、秋山要介一人だけが、この時ヒョイと眼をあげて、三人の姿を見送って、審しそうに眉をひそめた。
しかし眉をひそめただけで、声もか
前へ
次へ
全172ページ中163ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング