んかな」
「こりゃア驚いた、どうして知ってる?」
「たった今お渡りになりまして、同じようなことを仰有《おっしゃ》いましたので」
「さすがは猪之松、先へ渡ったか、こいつはどうも恐れ入った。……じゃア爺《とっ》つあんこうしてくんな。俺か猪之松かどっちか一人、間もなく宿の方へ帰るから、向こう岸へ帰らずに船をとめて、ここの岸で待っていてくんな」
「へい、よろしゅうございます……が、お一人だけお帰りになるので?」
「そうさ、一人だけ帰るのよ。もう一人は遠い旅へ出るんだ。……行って帰らぬ旅ってやつへな」
云いすてて林蔵は先へ進んだ。
と、雑木の林の中から、
「赤尾のか、待っていた」という、猪之松の声が聞こえてきた。
「高萩のか、遅れて悪かった」
「俺もいまし方来たばかりよ」
木洩れの月光の明るい所で、二人は顔を向かい合わせた。
「さて高萩の」と林蔵は云った。
「三度目の決闘だ、今度こそかた[#「かた」に傍点]をつけようぜ」
「うん、俺もそのつもりだ。……最初は上尾の街道で、二度目は追分の宿外れの野原で、三度目はこの黒川渡で……」
「今度こそかた[#「かた」に傍点]がつきそうだ」
「三度目の定《じょう》の目でなあ」
「俺が死んだらオイ高萩の、俺の縄張俺の乾兒、お前|悉皆《みんな》世話を見てくれ」
「心得た、きっと見る。その代わり俺が死んだ時には……」
「俺が悉皆みてやろう」
「心残りはねえと云うものだ」
「もつれ[#「もつれ」に傍点]にもつれ[#「もつれ」に傍点]た二人の仲が、今夜こそスッパリとかた[#「かた」に傍点]がつく、こう思うと気持がいいや」
「これまでは四辺《あたり》に人がいて、勝負するにもこだわり[#「こだわり」に傍点]があったが、今夜こそ本当に二人だけだ、思う存分切り合おうぜ」
「じゃアそろそろはじめようか」
「やろう、行くぜ、高萩猪之松!」
「さあ抜いた、林蔵来い!」
甲源一刀流と新影流! 勢力伯仲の二人の博徒!
構えは同じ中段に中段!
逸見多四郎と秋山要介と、当代一流の剣豪を、師匠に取って剣道を、正規に学んだ二人であった。
位い取りから呼吸《いき》づかいから、正しく鋭く隙がない。
が、若いだけに赤尾の林蔵、やや気をいらち一気に勝負と、相手の刀磨り上げ気味に、ジリジリと[#「ジリジリと」は底本では「ヂリヂリと」]進み躍り込もうとした途端、
「む――
前へ
次へ
全172ページ中157ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング