その薄白い刀身ばかりに、主水の眼はひきつけられた。
 間!
 例によって息詰まるような、命の縮まる間が経った。
 と、刀身が水の引くように、左斜めにス――ッと引かれた。
 フラ――ッと主水は前へ出た。
 瞬間、刀が小さく返った。
「ハッ」
 途端に……
「カ――ッ!」という、雷霆さながらの掛声が――渾身の力を集めた声が、どこからともなく聞こえてきた。
「あッ」と主水は膝を曲げ、グタ――ッとばかりに地に坐わり、
「うむ」と陣十郎はよろめいて、二三歩タジタジと[#「タジタジと」は底本では「タヂタヂと」]後へ下った。
 そうして次の瞬間には、闇の木立を潜り抜け、一散に麓の方へ走っていた。


 声をかけたのは要介であった。
 生地獄の光景を見ようとして、谷の下口まで行きかけると、番人によって遮られ、しかも鉄砲を向けられた。
 飛道具には敵《かな》わない。
 そこで避けて引っ返した。
 一里あまり来た時であった。何とも云われない殺気刀気、そういうものが感じられた。
(何者かが何者かを殺そうとしている)
 名人には別の感覚がある。
 賭博に才のあるその道の名人――そういう名人には伏せた壺を通して、中の賽コロの目がわかる。
 剣道の名人には自己に迫る殺気、そういうものなど当然わかり、あえて自己一身に迫るでなくとも、付近で行なわれる殺戮、殺傷、そういうものも感じられる。
 それを要介は感じたのであった。
「切る奴を挫き、切られる奴を救おう」
 こう要介は瞬間に思った。
 思ったと同時に反射運動的に、
「カ――ッ!」と声をかけたのであった。
 と、十数間のかなたから、木を潜って逃げて行く、葉擦れの音が聞こえてきた。
(逃げたな)と要介は直ぐに思った。
「セ、先生エ――ッ、ド、どうなされましたア――ッ」
 主水が掛声に腰を挫かれ、地へベタベタと坐ったと同じく、これも掛声に腰を挫かれ、要介の背後の地へ坐った、杉浪之助が悲鳴をあげた。
「杉氏か、何という態《ざま》だ!」
「ナ、何という、ザ、態だと、セ、先生には、オ、仰せられても……」
「アッハハハハ、立ちな立ちな」
「恐ろしい目に逢いました」
 云い云い浪之助は立ち上った。
「一体どうしたのでございます?」
「ナ――ニ、邪気を払ったまでさ」
「ははあ邪気を? ……が、邪気とは?」
「まあよろしい、いずれ話そう……ともかくも邪気は払って
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