場で討ち果し、災の根を断ってやろう)
グルリと陣十郎は振り返った。
「主水《もんど》、おい、鴫澤《しぎさわ》主水!」
「何だ?」と主水が足を止めた。
「この暗中でもう一度『逆ノ車』を使って見せてやろう」
2
「それには及ばぬよ」と主水は云った。
心に計画ある時には自ずと五音に現われるもので、陣十郎の言葉の中に、平時《いつも》とは異《ちが》う不吉の響きが、籠っているがためであった。
それが恐ろしく感じられたためで。……
陣十郎はくどく[#「くどく」に傍点]云った。
「昼と夜とは自ずと異う。暗中での『逆ノ車』……使って見せるから刀を抜け」
(使って見せる、教えてやると偽って充分用意をさせ、「逆ノ車」にひっかけ、後腹病まぬよう殺してしまおう)
これが陣十郎の本心であった。
「なるほど」と主水は思わず云った。
「昼と夜とは自ずと異う。暗中での『逆ノ車』……なるほど、こいつ教わった方がいいな」
「いいともさあ、刀を抜きな」
云って陣十郎は先に抜いた。
「よし。……抜いた。……さあ構えた」
主水もそう云ってその通りにした。
二人ながら抜身を構え、暗中に相手と向かい合った。
「主水、充分用心しろよ。……試合などとは思うなよ。……俺を父親の敵《かたき》と思い――事実それに相違ないし……その敵を今討つのだと、こう思って真剣にかかって来い」
「うむ。よし。そのつもりで行こう」
「俺もお前を返り討ちにすると――こう思ってかかって行くつもりだ」
「うむ、そのつもりでかかって来てくれ」
「暗中での『逆ノ車』……ダ――ッとお前の左胴へ、事実入るかもしれないぞよ」
「…………」
「暗中だからな。……どうなるかわからぬ……」
「…………」
「本当にお前を切るかもわからぬ」
「…………」
「暗中だからな……よく見えぬからな」
「…………」
「とすると返り討ちだ。……返り討ちになっても怨むなよ。参るぞ――ッ」と忍音ではあったが、殺す気でかけた鋭い声! それが主水の耳を打った。
(あぶない!)と瞬間主水は思った。
(おかしいぞ! いつもとは違う! ……本当に切る気ではないだろうか?)
主水は自ずと一所懸命になった。
刀を中段にピッタリと構え、闇を通して相手を睨んだ。
暗中ながら相手の姿が、黒く凄まじく立っているのが見え、これも中段に構えている刀が、ボ――ッと薄白く感じられた。
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