ち谷底まで追い返された。
(おや)と思いながら又上った。
 一間あまり上ったかと思うと、非常に気持よく非常に滑らかに、スルスル谷底へ辷り落ちた。
(まあどうしたというのだろう?)
 澄江には不思議でならなかった。
 で、土を取り上げて見た。
 それは土ではないようであった。カラカラと乾いて脆くなってはいたが植物の茎や葉のようであった。
 植物の茎や葉が永い年月、風雨霜雪に曝された結果、こまかいこまかい砂のようになったもの! それのように思われた。
 そういう物が斜面を厚く、そうして高く蔽うているのだ。――
 で、その上へ人が乗れば、重さに連れてそれが崩れ、どこまでも無限に崩れ崩れて、人を下へ辷り落とす!
(では上って行くことはできない!)
 又ゾッと澄江は悪寒を感じた。


(ではもう一度|験《ため》して見よう)
 こう思って澄江はまた上り出した。
 と、背後から笑う声がした。
 驚いて澄江は振り返って見た。
 いつの間にどこから来たものか、五六人の人間が、数間《すうけん》離《はな》れた一所に、一緒に塊まって立っていた。
 月光の中で見るのであるから、ハッキリしたところは解《わか》らなかったが、その中には女もい、老人も若者もいるようであった。
 何より澄江を驚かせたのは、その人達が痩せていることで、それはほとんど枯木のようであり、枯木が人間の形をしてい、それが襤褸屑《ぼろくず》を纏っている。――そう云ったように痩せていることであった。
 そう、衣裳は纏っていた。が、その衣裳は形のないまでに、千切れ破れているのである。
 物の書《ほん》で見た鬼界ヶ島の俊寛《しゅんかん》! それさながらの人間が、そこに群れているのである。
「駄目だよ、娘っ子、上れやアしねえ。いくら上っても上れやしねえ」と、その中の一人がカサカサに乾いた、小さな、力の弱い、しめ殺されるような、不快な声でそう云った。
「秣《まぐさ》の山だ、なア娘っ子、お前が一所懸命上ろうとしているそいつ、そいつア秣の山なんだ。秣の山の斜面なんだ。……乗れば辷る、足をかければ辷る。二間と上った者アねえ。無駄だから止めにしな」
「アッハッハッ」
「ヒッヒッヒッ」
「フッフッフッ」
「ヘッヘッヘッ」
 みんなが揃って笑い出した。
 嘲ったような、絶望したような、陰険そうな、気の毒がったような、気味の悪い厭アな笑声であった。

前へ 次へ
全172ページ中144ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング