澄江は地獄の亡者に逢った! ――とそんなような思いに等しい、恐怖と不気味とを感じながらも、この境地には自分一人だけしか、居ないものと今まで思っていたのに、他にも人のいることを知り、この点何と云っても心嬉しく、急いでそっちへ小走って行った。
「どういうお方々かは存じませぬが、妾は井上嘉門という……」
「解っているよ解っているよ」と、その中の一人の老人が――片眼つぶれている老人が、澄江にみんな話させようともせず、
「俺らもそうなんだ。恐ろしい主人に、井上嘉門殿に、いやいやいや、殿じゃアねえ、鬼だ魔物だ、その魔物の嘉門めに、この生地獄へ放り込まれた、生き返る望みのねえ亡者なのさ。お前さんだってそうだろうとも、嘉門めにここへ落とされたんだろうとも。……見りゃア奇麗な娘っ子だ、どうしてここへ落とされたか、その理由《わけ》も大概わかる。……嘉門の云うことを聞かなかったんだろうよ。……以前《まえ》にもそんな女があった。……源女とかいう女だった。……」
「お爺さん」と澄江は云って、縋るような気持で訊ねて見た。
「ここはどこなのでございます? どういう所なのでございます?」
「処刑場《おしおきば》だ、人捨場だ! 嘉門の云い付けに背いた者や、廃人になって役に立たなくなった者を、生きながら葬る墓場でもある」
「恐ろしい所なのでございますねえ」
「一緒においで、従《つ》いておいで、ここがどんなに恐ろしい所だかを、例をあげて知らせてあげよう」
片眼の老人は歩き出した。
と、その余の亡者餓鬼――亡者餓鬼のような人間たちも、だるそう[#「だるそう」に傍点]に、仆れそうに、あえぎあえぎ、その後から従いて来た。
蒼澄んで見える月光の中に、そういう人達が歩いて行く姿は、全く地獄変相図であった。
と、一本の木の下に来た。
一人の若者がブラ下っていた。
4
首をくくって死んでいるのであった。
片眼の老人は説明した。
「二十日ほど前に来たお客さんなのさ。嘉門の可愛がっているお小間使いと、ちちくり合ったのが逆鱗に[#「逆鱗に」は底本では「逆燐に」]ふれて、ここへぶちこまれた若造なのだ。女が恋しいの逃げ出したいのと、狂人のように騒いでいたが、とうてい逃げられないと見当をつけると、野郎にわかにおとなしくなってしまった。と、今朝がた首を釣ってしまった。……首を釣る奴、川へ沈む奴、五日に一人十日に一
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