ます」
「しからばそこへご案内を……」
「駄目で!」
「なぜ?」
「命が無い!」
「命が無いとな?」
「生地獄ゆえ!」
「…………」
「アッハッハッ、地獄々々! そこは恐ろしい生地獄! そこへ行ったら命が無い! 有っても人間発狂する! アッハッハッ発狂する! ……が、今夜も可哀そうに、女が一人送られましたよ。さようさようその生地獄へ!」
こう云うと嘉門は惨忍酷薄、洵《まこと》女の生血を飲み、肉を喰らったといわれている、伝説の大江山の酒顛童子、それさながらの表情をして、ぐっと多四郎を睨むように見た。
さすがの多四郎も妖怪さながらの、嘉門の表情態度に搏たれ、言語ふさがり沈黙した。
で、またも息詰まるような気が、部屋を圧し人を圧した。
が、ややあって井上嘉門は、謎のような言葉でこう云った。
「あの黄金はそれ以前に、あの歌にうたわれて居りますように、秩父の郡小川村の、逸見《へんみ》様のお庭の桧の根方に、――即ち貴郎様のお庭の中に、埋没されて居りましたはず。……ひょっとかするとその黄金また逸見様のお庭へ帰り……」
11[#「11」は縦中横]
「何を馬鹿な」と多四郎は笑った。
「拙者の屋敷にその黄金、今に埋もれて居りますなら、何のわざわざこのようなところへ……」
「いやいや」と嘉門は云った。
「逸見様は幾軒もござります」
「…………」
「高名で比較的近い所では、尾張にあります逸見三家……」
「おおなるほど逸見三家!」
名古屋に一軒、犬山に一軒、知多に一軒、都合三軒、いずれも親戚関係で、逸見姓を宣《となう》る大大尽があり、総称して尾張の逸見三家と云い、特殊の尊称と疑惑とを、世間の人から持たれていた。
金持ちであるから尊敬される! これは当然の事として、疑惑というのは何だろう?
尾張の大商人大金持といえば、花井勘右衛門をはじめとして、九十八軒の清洲越衆《きよすこえしゅう》、その他尾州家からお扶持をいただく、小坂新左衛門他十二家あって、それらの人々はいずれも親しく、往来をし交際《つきあ》っていたが、逸見三家だけは交際せず、三家ばかりで往来し、他の金持は尾張家に対し、何等かの交渉を持っていて、御用達、三家衆、除地衆、御勝手ご用達、十人衆、等々という、名称家格を持っていたが、逸見三家ばかりは尾張家と、何等の交渉も持っていなかった。
これが疑惑される点なのである。
「おお
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