「それでは大変お気の毒ですが、貴女様には変わった所へ、一時おいでを願わねばならず……是非ともおいでを願わねばならず……一度まアそこへ行って来られてから、改めてゆるゆるご相談――ということに致しましょうのう」
 で、また莨をパクリと喫い、濛々と煙を吐き出した。
「何と申してよろしいか、貴女様がこれからおいでになる所、何と申してよろしいか。……どっちみち厭アなところでござる……どんな強情のジャジャ馬でも、一どそこへ叩っ込まれると、生れ変わったように穏しくなります……気の弱いお方は発狂したり、もっと気の弱いお方になると、さっさと自殺するようで。……さようさよう以前のことではあるが、お組の源女とかいう女芸人が、やはり強情で[#「強情で」は底本では「情強で」]そこへやられたところ、発狂――まあまあそれに似たような状態になりましたっけ……さて、そこで貴女様も、そこへおいでにならなければ……ならないことになりましたようで」
「どこへなと参るでござりましょう」
 澄江は冷然とそう云った。
 死を覚悟している身であった。
 何も恐れるものはない。
 苦痛! それとて息ある間だ! 死んでしまえば苦痛はない。
 澄江は冷然とし寂然としていた。
 嘉門はポンポンと手を拍った。
 と、次の間に控えていた、侍女が襖をソロリと開けた。
「権九郎に云っておくれ、送りの女が一人出来た。赤い提燈の用意をしなと」
 侍女は頷いて襖をしめた。

「あれ――ッ」という源女の声が、要介と浪之助とを驚かせたのは、それから間もなくのことであった。
 三人はこの時嘉門の主屋の、構えの外を巡りながら、なお逍遥《さまよ》っていたのであった。
「行きます、おお赤い提燈が!」
 指さしながら源女が叫んだ。
 極度の恐怖がその声にあった。
「あそこへあそこへ人を送る火が! 地獄へ、ねえ、生地獄へ! ……妾《わたし》のやられた生地獄へ! ……おおおお誰か今夜もやられる! ……可哀そうに可哀そうに! ……そうです妾も赤い提燈に、あんなように道を照らされ、馬へ、裸馬へくくりつけられ、そこへやられたのでございます!」


「追おう!」
 要介が断乎として云った。
「送られる人間を取り返そう!」
「やりましょう!」と浪之助も云った。
 夜の暗さをクッキリ抜いて、木立の繁みに隠見して、特に血のような赤い色の、小田原提燈が果実のよう
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