えた。(どうして陣十郎と主水さんが、一緒になんかいたのだろう?)


 敵同士の主水と陣十郎が、一緒にいるということが、お妻には不思議でならなかった。
(主水さん、それでは人違いであろうか?)
 そうとすれば何でもなかった。
 世には同名の異人がある。
 人違いであろう、人違いであろう!
 そう思うとお妻にはかえって寂しく、やはり今の主水さんが、恋しい主水さんであってくれて、自分の身近にいてくれる――そうあって欲しいように思われるのであった。
 恐ろしいは陣十郎の居ることであった。
(逢ったら妾ア殺されるだろう)
 追分宿の乱闘で、殺されようとして追い廻されたことが、悪寒となって思われて来た。
 ポンと多四郎は手を拍った。
「解った! 闇だからよかったのだ。……それで『逆ノ車』が破れたのだ。……では昼なら? 昼破るとすると?」
 じっと考えに打ち沈んだ。
「ナ――ンだ」とややあって多四郎は云った。「ナ――ンだ、そうか、こんなことか! ……こんな見易い理屈《こと》だったのか! ……よし、解った、これで破った、陣十郎の『逆ノ車』俺においては見事に破った!」
 主屋に招じ入れられたが、嘉門とは未だ逢わなかった。退屈なので夜の庭の、様子でも見ようとしてお妻をつれて、ブラリと出て来た多四郎であった。
 それが偶然こんなことから、日頃破ろうと苦心していた、「逆ノ車」の悪剣を易々と破ることが出来たのである。
 そのコツ法を知ったのである。
(よい事をした、儲け物だった)
 そう思わざるを得なかった。

 嘉門が奥の豪奢な部屋で、澄江を前にしネチネチした口調で、この夜この時話していた。
「不思議なご縁と申そうか、変わったご見と申そうか、高萩でお逢いしたお前さまと、追分宿でまたお逢いし、とうとう私の部屋まで参られ、こうゆっくりとお話が出来る、妙なものでござりますな」
 ネチリネチリと云うのであった。
 古法眼《こほうがん》の描いた虎溪三笑、その素晴らしい六枚折りの屏風が無造作に部屋の片隅に、立てられてある一事をもってしても、部屋の豪奢が知れようではないか。
 座には熊の皮が敷きつめられてあり、襖の取手の象嵌などは黄金と青貝とで出来ていた。
「それにいたしましても高萩では、とんだ無礼いたしましたのう。ハッ、ハッ、とんだ無礼を! ……が、あいつは正直のところ、私の本意ではなかったので。
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