に磁気でもあって、己が鉄片ででもあるかのように、主水は思わず一歩出た。
 陣十郎の刀が返った。
 ハ――ッと主水は息を呑んだ。
 瞬間怒濤が寄せるように、大下手切り! 逆に返った刀!
 見事に胴へダップリと這入った。
「ワッ」
「ナーニ切りゃアしないよ」
 もう陣十郎は二間の彼方へ、飛び返っていて笑って云った。
「どうだな主水、もう一度やろうか」
「いや、もういい。……やられたと思った」
 主水は額の冷汗を拭いた。
 また二人は並んで坐った。
「どうだ主水、破れるか?」
「破るはさておいて防ぐことさえ……」
「防げたら破ったと同じことだ」
「うん、それはそうだろうな」
「どこがお前には恐ろしい?」
「最初にスーッと左斜へ……」
「釣手の引のあの一手か?」
「あれにはどうしても引っ込まれるよ」
「次の一手、柳生流にある、車ノ返シ、あれはどうだ?」
「あれをやられるとドキンとする」
「最後の一手、大下手切り! これが本当の逆ノ車なのだが、これをお前はどう思う?」
「ただ恐ろしく、ただ凄じく、されるままになっていなければならぬよ」
「これで一切分解して話した、……そこで何か考案はないか?」
「…………」
 無言で主水は考えていた。
 と、陣十郎が独言のように云った。
「すべての術は単独ではない。すべての法は独立してはいない。……『逆ノ車』もその通りだ。『逆ノ車』そればかりを単独に取り上げて研究したでは、とうてい破ることは出来ないだろう。……その前後だ、肝心なのは! ……どういう機会に遭遇した時『逆ノ車』を使用するか? ……『逆ノ車』を使う前に、どうそこまで持って来るか? ……こいつを研究するがいい。……こいつの研究が必要なのだ」
 ここで陣十郎は沈黙した。
 主水は熱心に聞き澄ましていた。
 そう陣十郎に云われても、主水には意味が解らなかった。いやそう云われた言葉の意味は、解らないことはなかったが、それが具体的になった時、どうなるものかどうすべきものか、それがほとんど解らなかった。
 で、いつ迄も黙っていた。
「澄江殿はどうして居られるかのう」
 こう如何にも憧憬《あこが》れるように、陣十郎が云いだしたのは、かなり間を経た後のことであった。
 異様な声音に驚いて、主水は思わず陣十郎を見詰めた。
 と、陣十郎の頬の辺りへ、ポッと血の気が射して燃えた。
(どうしたことだ?)と
前へ 次へ
全172ページ中125ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング