瞳をなかば隠し、三白眼を如実に現わし、主水の眼をヒタと睨み、ジリリ、ジリリと詰め寄せて来た。
殺気!
磅磚《ぼうばく》!
宛《えん》として魔だ!
気合に圧せられ殺気に挫かれ、主水はほとんど心とりのぼせ、声もかけられずジリリジリリと[#「ジリリジリリと」は底本では「ヂリリヂリリと」]、これは押されて一歩一歩後へ後へと引き下った。
間!
静かにして物凄い、生死の境の間が経った。
と、陣十郎の唇へ酸味のある笑いが浮かんで来た。
「駄目だなア主水、問題にならぬぞ。それでは到底俺は討てぬ」
「…………」
「人物は立派で可《い》い人間だが、剣道はからきし[#「からきし」に傍点]物になっていない」
「…………」
「刀をひけよ、俺も引くから」
陣十郎は数歩下り、刀を鞘に納めてしまった。
二人は草を敷いて並んで坐った。
小鳥が木から木へ渡り、囀りの声を立てていた。
「主水、もっと修行せい」
「うん」と主水は恥かしそうに笑い、
「うん、修行するとしよう」
「俺が時々教えてやろう」
「うん、お前、教えてくれ」
「俺の創始した『逆ノ車』――こいつを破る法を発明しないことには、俺を討つことは出来ないのだがなア」
「とても俺には出来そうもないよ。『逆ノ車』を破るなんてことは」
「それでは俺を討たぬつもりか」
「きっと討つ! 必ず討つ!」
主水は烈しい声で云い、鋭い眼で陣十郎を睨んだ。
それを陣十郎は見返しながら、
「討てよ、な、必ず討て! 俺もお前に討たれるつもりだ。……が、それには『逆ノ車』を……」
主水は俯向いて溜息をした。
二人はしばらく黙っていた。
森の外の明るい峠道を、二三人の旅人が通って行き、駄賃馬の附けた鈴の音が、幽かながらも聞こえてきた。
「『逆ノ車』使って見せてやろうか」
ややあって陣十郎はこう云った。
「うむ、兎も角も使って見せてくれ」
「立ちな。そうして刀を構えな」
云い云い陣十郎は立ち上った。
そこで主水も立ち上り、云われるままに刀を構えた。
と、陣十郎も納めた刀を、又もソロリと引き抜いたが、やがて静かに中段につけた。
5
「よいか」と陣十郎が云った途端、陣十郎の刀が左斜に、さながら水でも引くように、静かに、流暢に、しかし粘って、惑わすかのようにスーッと引かれた。
何たる誘惑それを見ると、引かれまい、出まいと思いながら、その切先
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