。が、相手がなぐり込んで来たら?」
「おおその時には売られた喧嘩、降りかかる火の子だ、断乎として払え!」
「ようがす、それじゃアその準備だ。……やいやい野郎共聞いていたか、猪之の方から手出ししたら幸い、遠慮はいらねえ叩き潰してしまえ! ……それまではこっちは居待懸け! おちついていろおちついていろ!」
「合点でえ」と赤尾の一党、鳴を静めて陣を立てた。
 と、早くも猪之松方でも、彼方に見える博徒の群が、赤尾の一党と感付いた。
「親分」と云ったのは一の乾児の、例の閂峰吉であった。
「林蔵の乾児の藤作の野郎が、やって来て引っ返して行きましたねえ」
「うん」と云ったのは猪之松で、先刻すでに駕籠から出、牀几を据えさせてそれへ腰かけ、火事を見ていた馬大尽、井上嘉門の側に立って、これも火勢を眺めていたが、
「うん、藤作が見えたっけ」
「向こうにいるなあ林蔵ですぜ。林蔵と林蔵の乾児共ですぜ」
「俺もそうだと睨んでいる」
「さて、そこで、どうしましょう?」
「どうと云って何をどうだ。先方が手出しをしやアがったら、相手になって叩き潰すがいい。それまではこっちは静まっているばかりさ」
「上尾街道では林蔵の方から、親分に決闘《はたしあい》を申し込んだはず。今度はこっちから申し込んだ方が」
「嘉門様がお居でなさらあ。……素人の客人を護衛《まも》って行く俺らだ、喧嘩は不可《いけ》ねえ、解ったろうな」
「なるほどなア、こいつア理屈だ。……じゃア静まって居りやしょう」
 この時二人の旅姿の武士と、同じく一人の旅姿の女、三人連れが火事の光に、あざやかに姿を照らしながら、宿の方から野へ現われ、猪之松方へ歩いて来た。
 眼ざとく認めたのが要介であった。
「杉氏」と要介は声をかけた。
「あの武家をよくご覧」
 浪之助は見やったが、
「先生ありゃア逸見先生で」
「であろうな、わしもそう見た」
「先生、女は源女さんですよ」
「そうらしい、わしもそうと見た。……よし」と云うと秋山要介[#「要介」は底本では「要助」]、つかつか進み出て声をかけた。
「あいやそこへまいられたは、逸見多四郎先生と存ずる。しばらくお待ち下されい」
 さようその武士は本陣油屋から、人波を分け放馬を避け、源女と東馬とを従えて、野へ遁れ出た多四郎であったが、呼ばれて足を止め振り返った。


「これはこれは秋山先生か」
 こう云ったが逸見多四
前へ 次へ
全172ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング