って行こう)
おりから林蔵も行くという。
では同行ということになり、さてこそ連れ立って来たのであった。
粛々と一団は歩いて来たが、見れば行手の追分宿は、火事と見えて火の手立ち上り、叫喚の声いちじるしかった。
と、陸続として逃げて来る男女! 口々に罵る声を聞けば、
「焼き討ちだ――ッ!」
「馬が逃げた――ッ!」
「百頭、二百頭、三百頭オ――ッ!」
「切り合っているぞ――ッ!」
「焼き討ちだ――ッ」
耳にして要介は足を止めた。
「林蔵々々、少し待て!」
「へい、先生、大変ですなア」
「どうも大変だ、迂闊には行けぬ」
「そうですとも先生迂闊には行けない」
「宿を避けて野を行こう」
「そうしましょう、さあ野郎共、その意《つもり》で行け、街道から反れろ」
「へい」と一同街道を外し、露じめっている草を踏み、野へ出て先へ粛々と進んだ。
進み進んで林蔵の一団、生地獄の宿を横に睨み、宿の郊外まで辿りついた。
と、この辺りも避難の人々で、相当混雑を呈してい、放れ馬も時々走って来た。火事の光は勿論届きほとんど昼のように明るかった。
その光で行手を見れば、博徒の一団が屯《たむろ》していて、宿の様子を眺めていた。
(おおどこかのお貸元が、避難してあそこにいるらしい。ちょっとご挨拶せずばなるまい)
渡世人の仁義である。
「藤作々々」と林蔵は呼んだ。
「へい、親分、何でござんす」
「向こうに一団見えるだろう。どこのお貸元だか知らねえが、ちょっと挨拶に行って来ねえ」
「ようがす」と藤作は走って行ったが、すぐ一散に走り帰って来た。
「親分、大変で、猪之松の野郎で」
「ナニ猪之松? ううん、そうか!」
見る見る額に青筋を立てた。
「先生々々、秋山先生!」
「何だ?」と要介は振り返った。
「向こうに見えるあの同勢、高萩の猪之だっていうことで」
「猪之松? ふうん、おおそうか」
要介も向こうを睨むように見た。
7
「林蔵!」としかし要介は云った。
「猪之松には其方《そち》怨みはあろうが、ここでは手出ししてはならぬぞ」
「何故です先生、何故いけません?」
「何故と申してそうではないか。宿は火事と放れ馬とで、あの通りに混乱し、人々いずれも苦しんで居られる。そういう他人の苦難の際に、男を売物の渡世人が、私怨の私闘は謹むべきだ」
「そうですねえ、そう云われて見れば、こいつ一言もありませんや
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