討って父上の修羅の妄執、いで晴そうぞ続け続け――ッ」と刀引き抜き群集を分け、無二無三に走り寄った。
「ア、あにうえ! お兄イ様ア――ッ」
 叫んだが澄江の心は顛倒! 勿論親の敵である! 討たねばならぬ敵であるが、破られべかりし女の命の、操を救い助けてくれた恩人! ……陣十郎を陣十郎を!
(妾《わたし》には討てぬ! 妾には討てぬ!)
「オ、お兄イ様ア――ッ、オ、お兄イ様ア――ッ」
 その間もガガ――ッ! ド、ド――ッ! ド、ド――ッ! 響き轟き寄せては返す、荒波のような人馬の狂い!
 宿《しゅく》は狂乱! 宿は狂乱
「陣十郎オ――ッ! 尋常に勝負!」
「参れ主水オ――ッ! 返り討ち!」
 一間に逼った討ち手討たれ手!
 音!
 太刀音!
 合ったは一合オ――ッ!
「わ、わ、わ、わ――ッ」と悲鳴! 悲鳴!
 いや、いや、いや、主水ではなく、陣十郎でもなく群集群集!
 群集が二人の切り結ぶ中を、見よ恐れず意にもかけず、馳せ通り駈け抜け走る走る!
 その人々に駈けへだてられ、寄ろうとしても再び寄れず、焦心《あせっ》ても無駄に互いに押され、右へ左へ、前と後とへ、次第次第に、遠退く、遠退く!
「陣十郎オ――ッ! 汝逃げるな!」
「何の逃げよう――ッ! 主水参れ――ッ!」
「お兄イ様ア――ッ」
「妹ヨ――ッ」
「澄江殿! 澄江殿! 澄江殿オ――ッ」


 追分宿の狂乱の様を、望み見ながらその追分宿へ、入り込んで来る一団があった。
 旅合羽に草鞋脚絆、長脇差を落として差し、菅笠を冠った一団で、駒箱、金箱を茣蓙に包み、それを担いでいる者もあり、博徒の一団とは知れていたが、中に二人の武士がいた。
 秋山要介と杉浪之助と、赤尾の林蔵とそれの乾児の、三十余人の同勢であり、云わずと知れた木曽福島の、納めの馬市に開かれる、賭場に出るべく来た者であった。
 納めの馬市には日限がある。それに間に合わねば効果がない。で猪之松や林蔵ばかりが[#「ばかりが」は底本では「ばかりか」]、この日この宿を通るのではなく、武州甲州の貸元で、その馬市へ出ようとする者は、おおよそ今日を前後に挿んで、この宿を通らなければならないのであった。
 要介達は何故来たか?
 源女を逸見多四郎に取られた。
 爾来要介は多四郎の動静、源女の動静に留意した。
 と、二人が連立って、木曽へ向かったと人伝てに聞いた。
(では我々も追
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