深く、主水を恋していることだろう!)
こう思うと陣十郎はムラムラと、嫉妬の思いに狩り立てられ、
(澄江が俺の意に従わぬのも、主水があるからだ!)と、主水に対する憎悪の念が、彼をほとんど狂気状態にまで、導き亢《たかぶら》せ追いやるのであった。
時々彼は澄江に向かい、主水のことを云い出して見た。
と澄江はきっとそのつど、あらぬ方へ話を反らせてしまって、何とも返辞をしなかった。
それが陣十郎には物足らず、心をイライラさせはしたが、しかしまだまだその方がよくて、もしもハッキリ澄江の口から、ないしは起居や動作から、主水恋しと告げられたら、その瞬間に陣十郎の兇暴性が爆発し、乱暴狼藉するかもしれなかった。
どっちみち陣十郎はこう思っていた。
(自己一身の生命の、永久の安全を計るためにも、主水は是非とも討って取らねばならぬ)
こっちから主水を探し出して、討って取ろうと少し前から、心に定《き》めた陣十郎が、今や一層にその心を深く強く定めたのであった。
その主水はどこにいるか?
それは全く解らなかった。
が、気がついたことがあった。
間もなく行なわれる木曽の馬市、納めの馬市へは武州甲州の、博徒がこぞって行くはずである。高萩の猪之松も行くはずである。ところで主水は俺という人間が、その猪之松の賭場防ぎとして、食客となっているということを、知っているということであるから、猪之松が福島へ行く以上、俺も行くものとそう睨んで、俺を討つため福島さして、主水も行くに相違ない。ヨ――シそいつを利用して、俺も出て行き機を狙い、彼を返り討ちにしてやろう。
で、ある日澄江へ云った。
「猪之松乾児の幾人かが、拙者と其方《そなた》とがこの農家に、ひそみ居ること知りましたと見え、この頃あたり[#「あたり」に傍点]を立ち廻ります。他所《よそ》へ参ろうではござりませぬか」
3
こうして旅へ出た二人であった。
旅へ出てはじめて木曽へ行くのだと、澄江は陣十郎によって明かされた。とはいえ鴫澤主水を討つべく、木曽へ行くのだとは明かされなかった。
「木曽へであろうと伊那へであろうと、妾《わたし》はどこへでも参ります」
そう澄江はおだやかに応えた。
成るようにしか成りはしない。神のまにまに、流るるままに。……そう澄江は思っているからであった。
又、そう思ってそうするより他に、仕方のない彼女でもある
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