って[#「のめって」に傍点]這い廻った。
それを見捨てて襖蹴開き、既に隣室へ躍り出で、隣室も抜けて雨戸引っ外し、庭へ飛び下りた覆面を目掛け、
「野郎!」
「怪しい!」
と左右から、猪之松の乾児で警護の二人が、切りつけて来た長脇差を、征矢《そや》だ! 駈け抜け、振り返り、追い縋ったところを、
グーッ!
突だ!
「ギャーッ」
獣だ! 殺される獣! それかのように悲鳴して仆れ、それに胆を消して逃げかけた奴の、もう一人を肩から大袈裟がけ[#「がけ」に傍点]!
「ギャーッ」
こいつも獣となってくたばり[#「くたばり」に傍点]、夜で血煙見えなかったが、プ――ッと立った腥《なまぐさ》い匂い! が、もうこの時には覆面武士は、植込の中に駈け込んでい、その植込にも警護の乾児、五人がところ塊ってい、
「泥棒!」
「遁すな!」
と、竹槍、長ドス!
しかし見る間に槍も刀も、叩き落とされ刎ね落とされ、つづいて悲鳴、仆れる音! そこを突破して覆面武士が、土塀の方へ走るのが見られ、土塀の裾へ行きついた時、そこにも警護の乾児達がいる。ムラムラと四方から襲いかかったばかりか、これらの物音や叫声に、主屋の人々も気づいたかして、雨戸を開け五人十人、二十人となく駈け出し走り出し、提燈、松明を振り照らし、その火の光に獲物々々を、――槍、鉄砲、半弓までひっさげ、しごき、振り廻し狙っている、――そういう姿をさえ照らしていた。
しかしこの頃覆面武士は、とうに土塀を乗り越えて、高萩村を野良の方へ外れ、淡い月光を肩に受け、野を巻いている霧を分け、足にまつわる露草を蹴り、小脇に澄江をいとし[#「いとし」に傍点]そうに抱え、刀も既に鞘に納め、ただひたすらに走っていた。
その武士は水品陣十郎であった。
それから十日ほど日が経った。
陣十郎と澄江との二人が、旅姿に身をよそおい、外見からすれば仲のよい夫婦、それでなかったら仲のよい兄妹、それかのような様子をして、木曽街道を辿っていた。
初秋の木曽街道の美しさ、萩が乱れ咲き柿の実が色づき、渡鳥が群れ来て飛びつれて啼き、晴れた碧空を千切れた雲が、折々日を掠めて漂う影が、在郷馬や駕籠かきによって、軽い塵埃を揚げられる街道へ、時々|陰影《かげ》を落としたりした。
「澄江殿、お疲労《つかれ》かな?」
優しい声でいたわるように、こう陣十郎は声をかけた。
「いいえ
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