ち上ったが、水引の形に作ってあった縄を、先ず箱から解きほぐした。
「ようござんすか、蓋取りますでござんす。ヨイショ!」と八五郎は声をかけた。
「ヨイショ」と博労達はそれに応じた。
 と、パッと蓋が取られた。


 京人形が入れてあった。
 髪は文庫、衣裳は振袖、等身大の若い女の、生けるような人形が入れてあった。
 と、眼瞼を痙攣させ、その人形は眼をあけて、天井をじいいっと見上げたが、又しずかに眼をとじた。
 人形ではなく生ける人間で、しかもそれは澄江《すみえ》であった。
 富士額、地蔵眉、墨を塗ったのではあるまいかと、疑われるほどに濃い睫毛で、下眼瞼を色づけたまま、閉ざされている切長の眼、延々とした高い鼻、蒼褪め窶れてはいたけれど、なお処女としての美しさを持った、そういう顔が猿轡で、口を蔽われているのであった。
 明るい華やかな燭台の燈が、四方から箱の中のそういう顔を照らして浮き出させているだけに、美しさは無類であった。
 一座何となく鬼気に襲われ、誰も物云わず顔を見合せ、しばらくの間は寂然としていた。
 がさつ[#「がさつ」に傍点]者の八五郎は喋舌り立てた。
「いつぞやの日に上尾街道で、親分と赤尾の林蔵とが、真剣の果し合いなさんとした時、水品先生に対し――いやアこれは水品先生、そこにお居でなさんしたか、こいつア幸い可《い》い証人だ――その水品先生に対し、親の敵《かたき》とか何とか云って、若エ武士とこの娘とが、切ってかかったはずでごぜえます。その時あっしとここに居なさる、博労衆とが隙を狙い、この娘だけを引っ担ぎ、あっしの家へ連れて来たんで。さてどうしようか考えましたが、見りゃアどうしてこの娘っ子、江戸者だけに素晴らしく、美しくもありゃア品もあって……そこで考えたんでごぜえますよ、嘉門様へご献上申し上げようとね……」
 身を乗り出し首を差し出し、箱の中の女を覗き込んでいた嘉門は、この時象のような眼を細め、厚い唇をパックリ開け、大きい黄色い歯の間から、満足と喜悦の笑声を洩らした。
「フ、フ、フ、八五郎どんとやら、嘉門満足大満足でござんす……フ、フ、フ、大満足! こりゃア全く、とても素晴らしい、何より結構な贈品《おくりもの》、嘉門大喜びで受けますでござんす。……」


 夜はすっかり更けていた。
 裏庭に別棟に建てられてある、猪之松の屋敷の離座敷、植込にこんもり囲まれ
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