れはそれは、重ね重ねのご好意で、そういうお許しのある以上、嘉門今夜は若返りまして、……」
 すると、その時聞こえてきたのが「献上々々、献上でえ!」という、玄関の方からの声であった。
(何だろう?)
 と猪之松をはじめとし、座にいる一同怪訝そうに、玄関の方へ首を捻じ向けた時、八五郎を先頭に四人の博労が――、それは以前《まえかた》馬大尽事、井上嘉門を迎えに出た、高萩村の博労達であったが、その連中が縦六尺、横三尺もあるらしい、長方形の白木の箱に、献上と大きく書き、熨斗まで附けた物を肩に担ぎ、大変な景気で入って来た。
「八五郎じゃアないか、この馬鹿者、嘉門様おいでが眼につかぬか! 何だ何だその変な箱は!」
 猪之松は驚いて叱るように怒鳴った。
 八五郎はそれには眼もくれず、博労を指揮してその大箱を、猪之松と嘉門との間に置いたが、自分もその傍らへピタリと坐ると、
「ええこれは木曽の馬大尽様事、井上嘉門様に申し上げます。私事は八五郎と申し、猪之松身内にござります。ふつつか者ではござりまするが、なにとぞお見知り置き下さりましょう。……さて今回嘉門様には、木曽よりわざわざの武州入り高萩村へお越し下され、我々如き者をもご引見、光栄至極に存じます。そこであっしも何かお土産《みやげ》をと、いろいろ考案|仕《つかまつ》りましたが、何せ草深いこのような田舎、これと申して珍しい物も、粋な物もござりませぬ。それに食い物や食べ物じゃア、いよいよもって珍しくねえと、とつおいつ思案を致しました結果、噂によりますると安永《あんえい》年間、田沼主殿頭《たぬまとのものかみ》様の御代の頃、大変流行いたしまして、いまだに江戸じゃア流行《はや》っているそうな、献上箱の故智に慣い、八五郎細工の献上箱、持参いたしてござります。なにとぞご受納下さりませ。……ええ所で親分え、貴郎《あなた》だってこいつの蓋を取り、中の代物をご覧になったら、八五郎貴様素晴らしいことをやった、手柄々々と横手を拍って、褒めて下さるに違えねえと、こうあっしは思うんで……と、能書はこのくらいにしておき、いよいよ開帳はじまりはじまり……さあさあお前達手伝ってくれ」と、その時まで喋舌《しゃべ》る八五郎の背後《うしろ》に、窮屈そうに膝ッ小僧を揃え、かしこまっていた博労達を見返り、ヒョイとばかりに立ち上った。
「開帳々々」とこれも景気よく、四人の博労達も立
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