に片肘を突いて居り、その手の腕から指にかけて、熊のように毛が生えていた。
 蝦蟇のようだと形容してもよく、絵に描かれている酒顛童子、あれに似ていると云ってもよかった。
 嘉門の左右に居流れているのは、招待《よ》ばれて来た猪之松の兄弟分の、領家の酒造造《みきぞう》、松岸の権右衛門、白須の小十郎、秩父の七九郎等々十数人の貸元で、それらと向かい合って亭主役の、高萩の猪之松が端座したまま、何くれとなく指図をし、その背後に主だった身内が、五六人がところかしこまってい、それに雑って水品陣十郎が、今は神妙に控えていた。
 常磐津の[#「常磐津の」は底本では「常盤津の」]師匠の三味線も済み、若衆役者の踊も済み、馳走も食い飽き酒も飲み飽き、一座駘然、陶然とした中を、なお酒を強いるべく、接待《とりもち》の村嬢や酌婦《おんな》などが、銚子を持って右往左往し、拒絶《ことわ》る声、進める声、からかう[#「からかう」に傍点]声、笑う声、景気よさは何時《いつ》までも続いた。
 どうで今夜は飲み明かし、嘉門様はお泊まりということであった。
「納めの馬市も十日先、眼の前に迫って参りました、いずれその時は木曽の福島で、又皆様にお眼にかかれますが、何しろ福島は山の中、碌なご馳走も出来ませず、まして女と参りましては、木曽美人などと云いますものの、猪首で脛太で肌は荒し、いやはや[#「いやはや」に傍点]ものでございまして、とてもとてもここに居られる別嬪衆に比べましては、月に鼈《すっぽん》でございますよ。が、そいつは我慢をしていただき、その際には私が亭主役、飲んで飲んで飲みまくりましょう。いや全く今夜という今夜は、一方ならぬお接待《とりもち》、何とお礼申してよいやら、嘉門大満足の大恭悦、猪之松殿ほんに嬉しいことで」
 猪之松は片頬で微笑したが、
「いや関東の女こそ、肌も荒ければ気性も荒く、申して見ますれば癖の多い刎馬――そこへ行きますと木曽美人、これは昔から有名で、巴御前、山吹御前、ああいう美姫《びき》も出て居ります。納めの馬市に参りました際には、嘉門様胆入りでそういう美人の、お接待に是非とも預かりたいもので。……」
 ここで猪之松は微笑した。


 微笑をつづけながら猪之松は、
「そこで今夜は私が胆入り、ここに居りますどの女子でも、お気に入りの者ござりましたら、アッハハハ、取り持ちましょう」
「アッハハ、そ
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