事であるからで、それにそういう次第なら、あっし[#「あっし」に傍点]達が味方をいたしますから、主水兄妹を探し出し、返り討ちにしておしまいなせえと、こんなことを云うには陣十郎の剣技が、余りにも勝れて居る、といって主水兄妹に、器用に討たれておやりなせえとは、なおさら云えた義理でなく、それで黙っていたのであった。
で、乾児達は顔を見合わせた。
と不意に陣十郎は、振り冠っていた燈《ひ》に光る刀を、ダラリと力なく下げたかと思うと、にわかに疑わしそうに寂しそうに、むしろ恐怖に堪えられないかのように、ウロウロとした眼付をして、勝手元に、乾児達の中に、主水が居りはしないだろうかと、それを疑ってでもいるかのように、一人々々の顔を見たが、
「疑心! こいつが不可《いけ》ないのだ! こいつから起こるのだ、弱気がよ! ……と、守勢、こいつになる!」再び中段に刀を構えた。「こいつが守勢、守勢になると、かえって命は守られぬ。……それよりも、守勢の弱気になると、ヒッヒッヒッ、情婦《おんな》にさえ、嘗められ裏切られてしまうのさ! ……そこでこいつだ積極的攻勢!」また上段に振り冠った。
「攻勢をとってやっとこさ[#「やっとこさ」に傍点]、身が守られるというものだ! ……酒だ! くれ! 冷で一杯!」
ソロリと刀を鞘に納め、片手をヌッと差し出したが、ヒョイとその手を引っこませると、フラリとばかりに框《かまち》を上った。
「飲むならいっそ奥で飲もう。馬大尽様の御前でよ。陽気で明るい座敷でよ。親分にもしばらくご無沙汰した。お目にかかって申訳……退け、邪魔だ!」
ヒョロリヒョロリと、乾分達の間を分け、奥の方へ歩いて行った。
後を見送って乾児達は、しばらくの間は黙っていた。
と不意に閂峰吉が、
「八五郎の奴どうしたかなあ」と、あらぬ方へ話を持って行った。
陣十郎の影口をうっかり利いて、立聞きでもされたら一大事、又抜身を振り廻されるかもしれない。障《さ》わるな障わるなという心持から、話をあらぬ方へ反らせたのであった。
一同《みんな》はホッと息を吐いた。
「先刻《さっき》ヒョッコリ面を出して、馬大尽様にもうち[#「うち」に傍点]の親分にも、お気に入るような素晴らしい、献上物を持って来るんだと、大変もねえ自慢を云って、はしゃいで[#「はしゃいで」に傍点]素っ飛んで行きゃアがったが、それっきりいまだ面ア
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