板を背にして、端座している浪之助から見ると、人形のように小さく見えた。
おおよそ六尺の間隔を保ち、互いに切先を相手の眉間へ、ピタリと差し付けて構えたまま、容易に動こうとはしなかった。
道具を着けず木刀にての試合に、まさに真剣の立合いと、何の異なるところもなく、赤樫蛤刃《あかがしはまぐりは》の木刀は、そのまま真《まこと》の剣であり、名人の打った一打ちが、急所へ入らば致命傷、命を落とすか不具《ふぐ》になるか、二者一つに定《き》まっていた。
とはいえ互いに怨みあっての、遺恨の試合というのではなく、互いの門弟を引っ立てようための義理と人情とにからまった、名人と名人との試合であった。自然態度に品位があり、無理に勝とうの邪心がなく、闘志の中に礼譲を持った、すがすがしい理想的の試合であった。
今の時間にして二十分、構えたままで動かなかった。
掛声一つかけようとしない。
掛声にも三通りある。
追い込んだ場合に掛ける声。相手が撃って出ようとする、その機を挫《くじ》いて掛ける声、一打ち打って勝利を得、しかも相手がその後に出でて、撃って来ようとする機を制し、打たせぬために掛ける声。
この三通りの掛声がある。
しかるに二人のこの試合、追い込み得べき機会などなく、撃って出ようとするような、隙を互いに見せ合わず、まして一打ち打ち勝つという、そういうことなどは絶対になかった。
で、二人ながら掛声もかけず、同じ位置で同じ構えで、とはいえ決して居附きはせず、腹と腹との業比べ、眼と眼との睨み合い、呼吸と呼吸との抑え合い、一方が切先を泳がせれば、他の一方がグッと挫き、一方が業をかけようとすれば、他の一方が先々ノ先で、しかも気をもって刎ね返す、……それが自ずと木刀に伝わり、二本の木刀は命ある如く、絶えず幽かにしかし鋭く、上下に動き左右に揺れていた。
更に長い時が経った。
と、要介の右の足が、さながら磐石をも蹴破るてい[#「てい」に傍点]の、烈しさと強さと力とをもって、しかもゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]と充分に粘り、ソロリとばかり前へ出て、左足がそれに続いた。
瞬間多四郎の左足が、ソロリとばかり後へ下り、右足がそれに続いた。
で 間だ! 静止した。
長い間! ……しかし……次の瞬間……ドドドドッという足音が響いた。
11[#「11」は縦中横]
奔流のように突き進む要介!
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