に光っている。庭のそちこちに咲いている桜は、微風に散っている。
「躄者になりましても、道了様へは行かねばならぬと……そこは正気でない父、子供のように申して諾《き》きませぬ。躄車《くるま》などに乗せてやりましては、世間への見場悪く、……いっそ、道了様を屋敷内へお遷座《うつ》ししたらと……庭師に云い付け、同じ形を作らせましたところ、虚妄《うつろごころ》の父、それを同じ道了様と思い、このように躄車に乗り、朝晩にその周囲《まわり》を廻り……」
 悲しそうに、また栞は、眠りこけている父親を見やるのであった。
 身につまされて聞いていた頼母は、いつか、栞の前へ腰を下ろし、腕を組んだ。
 急に栞は、怒りの声で云った。
「父を脅かす者は、松戸の五郎蔵なのでございます。父は妾《わたくし》に申しました。『五郎蔵が殺しに来る。彼奴《きゃつ》には大勢の乾児《こぶん》があるが、俺《わし》には乾児など一人もない。味方が欲しい、旅のお侍様などが訪ねて参ったら、泊め置け』と。……」
(そうだったのか)と頼母は思った。(不思議に厚遇されると思ったが、さては、いつの間にか俺は、この屋敷の主人の、警護方にされていたのか)し
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