になろう、顔を合わせても挨拶もするな』と云って、二十年前に別れたところ、二、三日前に、みすぼらしい風をして、俺の賭場《ところ》へやって来て、昔のことを云い出し、強請りにかかった。……そこで俺は思うのだ、いつお主が、隠者のような生活から脱け出して、俺を強請りに来はしまいかとな。この虞《おそ》れをなくすにゃア、お主をこの世から……」
「黙れ!」と、薪左衛門ははじめて吼《ほ》えた。「黙れ勘兵衛! そういう汝こそ、この剣の錆になるなよ!」
 薪左衛門は、手に捧げていた天国《あまくに》の剣の鍔《つば》の辺を額にあて、拝むような姿勢をとったが、
「これ勘兵衛、汝は今、二人の間には、命取るような深い怨恨はないと申したな、大違いじゃ! 拙者においては、この年頃、命取るか取られるか、是非にもう一度この道了塚で、汝と決闘しようものと、そればかりを念願といたしておったのじゃ。そうであろうがな、浪人組の二人頭として、苦楽を共にし、艱難《かんなん》を分け合った仲なのに、いざ組を解散するとなるや、共同の財宝を汝一人で奪い、天下の名刀を奪い取り――ええ、弁解申すな! 典膳よりたった今、事情|悉皆《しっかい》聞いたわ! ……のみならず、それらの悪行を、この薪左衛門にかずけようとした不信の行為! のみならず、辛酸を嘗め合った同志を穴埋めにした裏切り行為! 肉を喰うも飽き足りぬ怨恨憎悪が、これで醸《かも》されずにおられようか! ……持つ人の善悪にかかわらず、持つ人に福徳を与うと云われておるこの天国の剣が、我が手に入ったからには、汝と我との運命、転換《かわ》ったと思え! かかって来い勘兵衛、この天国の剣で真っ二つにいたしてくれるわ!」
 五郎蔵は、むしろ唖然とした眼付きで、春陽を受けた剣が、虹のような光茫《ひかり》を、刀身の周囲に作って、卯の花のように白い薪左衛門の頭上に、振り冠られているのを見上げたが、
「ナニ、天国の剣? ……どうして汝の手に?」
 と、前後を忘れ、ズカズカと塚の裾の方へ歩み寄った。
 と、その時まで、塚の真下に、小岩を抱いて、奄々《えんえん》とした気息で、伏し沈んでいた典膳が、最後の生命力《ちから》を揮い、胸を反らせ、腰を※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《うね》らせ、のけ反った。とたんに五郎蔵の悲鳴が起こり、同時に彼の姿は地上から消え、彼の立っていた足もとの辺りに大きな穴が開いた。
 天智天皇の七年、高麗国《こまのくに》の滅亡するや、その遺民唐の粟《ぞく》を食《は》むことを潔しとせず、相率いて我が国に帰化し、その数数千に及び、武蔵その他の東国に住んだが、それらの者の長《おさ》、剽盗《ぞく》に家財を奪われるを恐れ、塚を造り、神を祭ると称し、塚の下に穴倉を設け、財宝を隠匿《かく》した。
 これが道了塚の濫觴《はじまり》なのであって、勘兵衛、又兵衛の浪人組どもは、その塚を利用し、強奪して来た財宝を、その穴倉の中へ、隠匿したに過ぎなかった。栓のように見えていた小岩は、穴倉の上置きの磐石を辷らせる、槓桿《こうかん》だったらしい。その槓桿を動かしたがために、穴倉の口が開いたのらしい。
「う、う、う!」
 という呻き声が、塚の縁から、穴倉の中を見下ろしている薪左衛門の口から起こった。

    因果応報

 その穴倉の中の光景は? 白昼の陽光《ひ》が、新しい藁束のように、穴倉の中へ射し、穴倉の中は、新酒を充たした壺のように明るかったが、頭でも打ったのか、仰向けに仆れ、手足をバタバタ動かしながらも、立ち上がることの出来ない五郎蔵の姿が、負傷した螳螂《かまきり》かのように、その底に沈んで見えていた。でもその彼の、頭の辺や足の辺や左右やに、白く散在している物像《もののかたち》は何んだろう? 人間の骸骨であった。それこそ、この穴倉の秘密を、世間へ知らせまいため、強奪した財宝を運ばせて来た百姓どもを、そのつど、浪人組の者どもは、この穴倉の中へ斬り落としたが、その百姓どもの骸骨に相違なかった。今、尚、立ち上がろうとしてもがく、五郎蔵の足に蹴られ、三尺ぐらいの白い棒が、宙へ躍り上がったが、宙で二つに折れて地へ落ちた。股の附け根からもげた骸骨の脚が、宙でさらに膝からもげたものらしい。また、すぐに、五郎蔵の手に刎ねられ、碗のような形の物体が、穴倉の口もと近くまで舞い上がって来たが、雪球《ゆきだま》のように一瞬間輝いたばかりで、穴倉の底へ落ちて行った。髑髏《どくろ》であった。一体の、完全に人の形を保っている骸骨が、穴倉の壁面《かべ》に倚りかかっていた。穴倉を出ようとして、よじ登ろうとして、力尽き、そのまま死んだものと見え両手を、壁面に添えて、上の方へ延ばしていた。仔細に眺めたなら、その骸骨の足もとに、鞘の腐《く》ちた両刀が落ちているのを認めることが出来たろう。武士の
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