者はない』と申しおった」
「深い穴の底から聞こえて参りましたのが、東十郎の叫ぶ『秘密は剖かない、裏切りはしない、助けてくれーッ』という声でござりました。……林に隠れておりました私の耳へまでも、届きましてござりまする」
「おのれ不埓《ふらち》の勘兵衛、従来《これまで》、奪った財宝を、百姓ばらに担がせて運び、隠匿した際には、秘密を他《よそ》へ洩らさぬため、百姓ばらを、財宝と一緒に、穴の中へ、切り落としたことはあるが、同じ仲間を、穴へ落として生き埋めにするとは不義不仁の至り、直ちに引き上げよと拙者申したところ、突然勘兵衛め、拙者に切り付けおった」
「あなた様が刀を抜かれ、勘兵衛めと立ち合われるお姿が、林にかくれおりました私にも見えましてござります」
昔の同志、今の讐敵
「ああようやく、私《わし》の記憶は蘇生《よみがえ》って来た。……ああ、これが、道了塚で勘兵衛と決闘した原因だったのだ。……決闘の結果は私の負けだったが」
「あなた様が股を勘兵衛に斬られて倒れられたお姿が、木の間ごしに見えましてございます」
「彼奴《きゃつ》の方が以前《まえ》から私《わし》より強かったのだからなあ。……彼奴は私の倒れるのを見て、林の中へ駈け込んで行った」
「勘兵衛お頭は私めを連れまして立ち去ったのでございます。……それから数日経ちました夜、勘兵衛お頭には私を連れて、ここ道了塚へ参り、穴倉を開き、財宝を取り出し、持ち去りましてござります」
「それだのに彼奴め、過ぐる年、私の所へ参り、財宝と天国の剣とを奪ったのは私であろうと云い懸かりを付けおった」
「それもこれも、勘兵衛めの過去の罪悪を知っておる者、今日日《きょうび》では、あなた様と私とただ二人だけというところから、難癖をつけて、あなた様を討ち取ろうとなされたのでございましょう」
「その私はどうかというに、浪人組を解散して以来、ずっと古屋敷に、隠者のように生活《くら》していた。日課とするところは、道了塚へ行って、我々の罪悪の犠牲になった人々の菩提を葬い、懺悔することだった。……私の心は日に月に陰気になって行ったものだ」
思い出多い過去の形見を、身に近く持っているということは、多くの場合、その人を憂欝にし、衰弱に導くものである。たとえば、亡妻の黒髪を形見として肌身に附けている良人《ひと》が、いつまでも亡妻の思い出から遁がれることが出来ず、日に日に憂欝になり衰弱して行くように。……薪左衛門が、過去の罪悪の形見の道了塚を附近《ちかく》に持ち、そこへ日参したということは、彼を憂欝にし彼を衰弱させたらしい。
「衰弱している私の所へ、博徒の頭、松戸の五郎蔵と成った勘兵衛が来て、私を威嚇《おど》したのじゃ、典膳よ、恥ずかしながら私《わし》は、その時以来今日まで発狂していてのう」
「又兵衛殿オーッ、私はその勘兵衛のために、嬲り殺しにかけられ、コ、このありさまにござりまする!」
「全身血|達磨《だるま》! どうしたことかと思ったに、勘兵衛めに嬲り殺し※[#感嘆符疑問符、1−8−78] ……どこで? どうして?」
この時嘲笑うような声が聞こえて来た。
道了塚の縁起
「嬲り殺しには府中でかけた! 理由《わけ》か? 強請《ゆす》りに来たからよ」
それは五郎蔵であった。林から抜けて、典膳の後を追って来た五郎蔵であった。年にも似ない逞ましい足をからげた衣裳の裾から現わし、抜き身をひっさげ、典膳の背後に立っていた。
「又兵衛!」と、五郎蔵は、典膳などには眼もくれず、はだかった襟から、胸毛の生えている肉厚の胸を覗かせ、鷲《わし》のような眼をヒタと塚の頂きの薪左衛門へ据え、呼ばわった。
「久しぶりで、妙な所で逢ったのう。……さて、くどい事は云わぬ、ここで逢ったを幸い、始末をする! 典膳と一緒に」
「…………」薪左衛門は、五郎蔵を認めた瞬間顔色を変えた。恐怖で蒼褪めた。しかし、五郎蔵の言葉の終えた頃には、口もとに、皮肉の微笑を漂わせていた。
「又兵衛」と五郎蔵は、相手を呑んでかかった、悠々とした声で云いつづけた。「俺とお主とは、昔は兄弟分、随分、仲もよかった。そうして現在《いま》でも、大して怨恨《うらみ》を持ち合っているという訳でもない。二十年前ここでお主と斬り合ったのも、東十郎を殺す助けるの意見の相違からに過ぎなかった。その後お前の屋敷へ訪ねて行ったのも、実はお主がどのような生活《くらし》をしているか知りたかったまでよ。だからよ、何もここでお主を討ち果たす必要はなさそうだが、だがやっぱり討ち果たさなければいけないなあ。というのはこの男の悪い例があるからよ」と、はじめて典膳の方へ眼をやり、抜き身の峰で、典膳の肩の辺を揶揄《やゆ》するように叩いたが、「俺アこの男へは相当の手当をし『これまでの縁だ、今後はお互いに他人
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