えた。しかし左門は物の数ともせず、駆け寄ると、以前《まえ》と同じく、左端にいる一人を斬り斃し、返す刀で、もう一人の乾児を斬り伏せ、これに恐怖した乾児どもが、ふたたび逃げ出したのを、紙帳に接近した位置を保ちながら追ったが、ふと、紙帳越しに、頼母の方を見た。頼母は乾児どもに包囲されてい、一人の乾児が背後から竹槍で、今や頼母の背を突こうとしていた。左門はやにわに小柄《こづか》を抜き、投げた。小柄は、紙帳の上を、飛び魚のように閃めき飛んだ。
頼母は、背後で悲鳴が起こったので、振り返って見た。竹槍を持った男が、咽喉《のど》へ小柄を立て、地面をのたうっている。事情が悟《し》れた。
「左門氏、あぶないところを……お礼申す!」
「貴殿と拙者とは讐敵同士……」
と左門は、逃げおくれた一人を、背後《うしろ》ざまに斬り仆し、
「恩に着るな、恩にも着せぬと申した筈じゃ!」
「…………」
この時まで五郎蔵は、乾児たちと離れて立ち、乾児たちの働きを見ていたが、左門と頼母とに、乾児たちが見る間に、次々に斬ってとられるので、怒りと恐怖と屈辱とで躍り上がり、頼母眼掛け駈け寄ろうとしたとたん、
「オ、親分ーン」
という声が、林の中から聞こえて来、一人の乾児が木《こ》の間《ま》をくぐって走って来た。
「テ、典膳めは、道了塚の方へーッ」
「おおそうかーッ」
と、五郎蔵は応じたが、
「典膳だけは、俺の手で! ……そうでないと、安心が! ……」
道了塚の方へ走り出した。
謎解かれる道了塚
この頃典膳は、道了塚まで辿りついていた。彼の肉体《からだ》も精神《こころ》も弱り果て、息絶え絶えであった。彼は塚の裾の岩へ縋り付いて呼吸を調えた。彼にとって道了塚は、罪悪の巣であり仕事の拠点であり悲惨惨酷の思い出の形見であった。彼は眼を上げて塚を見上げた。二十年もの年月を経ておりながら、この自然物は昔とほとんど変化《かわり》がなかった。岩は昔ながらの形に畳み上げられてあり、苔も昔ながらの色にむしており、南無妙法蓮華経と彫刻《きざ》まれてある碑も、昔ながらの位置に立っていた。その碑面《おもて》が春陽を受けて、鉛色に光っているのも昔と同じであった。
彼は懐かしさにしばらく恍惚《うっとり》となり体の苦痛を忘れた。しかし彼は、すぐに、碑に体をもたせかけ、手に抜き身を持った老人が、放心でもしたように、茫然と、塚の頂きに坐っているのを認め、驚き、尚よく見た。
「あッ」と典膳は思わず声を上げた。
それは、その老人が、昔の頭、――二人あった浪人組の頭の一人の、有賀又兵衛であったからである。
「オ、お頭アーッ」
と、典膳は悲鳴に似たような声で呼びかけた。
「有賀又兵衛殿オーッ」
――有賀又兵衛……現在の名、飯塚薪左衛門は、昔の、浪人組の頭目だった頃の名を呼ばれ、愕然とし、毛を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》られた鶏のような首を延ばし、声の来た方を見た。
彼の眼に見えたものは、塚の裾に、塚の岩組から、栓かのように横へはみ出している小岩、それに取り縋っている全身血だらけの武士の姿であった。
「誰じゃ?」
と云いながら薪左衛門は、立てない足を躄《いざ》らせ、塚の縁の方へ身を進めた。
「渋江典膳にござりまする。……二十年|以前《まえ》浪人組栄えました頃、組の中におりました、渋江典膳にござりまする!」
「渋江典膳? おお渋江典膳! ……存じおる! 存じおるとも! 組中にあっても、有力の人物であった! ……来栖勘兵衛と、特に親しかった筈じゃ」
「さようにござりまする。私は来栖勘兵衛お頭の秘蔵の腹心、伊丹東十郎氏は、有賀又兵衛お頭の無二の腹心として、組中にありましても、重く使用《もち》いられましてござりまする」
「伊丹東十郎? ……おお伊丹東十郎! ……覚えておる覚えておる! わしに一番忠実の男だった。……どうして今日まで思い出さなかったのであろう? ……おおそういえば、さっき聞こえて来たあの声、『秘密は剖かない、裏切りはしない、助けてくれーッ』と云ったあの声は、まさしく伊丹東十郎の声だった。……おお、俺はすっかり思い出したぞ。……あの時、二十年前、甲州の鴨屋方を襲い、莫大もない金銀財宝を強奪し、帰途、五味左衛門方を訪れ、天国の剣を強請《ゆす》り取り、それを最後に組を解散し、持ち余るほどの財を担い、来栖勘兵衛と俺《わし》と、そちと伊丹東十郎とで、この道了塚まで辿って来、いつもの隠匿所《かくしば》へ、財宝を隠匿《かく》したが……」
「その時私は、勘兵衛お頭の依頼により、素早く天国の剣を持ち逃げして、林の中へ隠れましてございます」
「財宝を隠匿《かく》したが、その時突然勘兵衛めは、伊丹東十郎を穴の中へ突き落とし、『此奴《こやつ》さえ殺してしまえば我らの秘密を知る
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