栞殿とお浦との純情に酬いるため、二人の希望《のぞみ》を入れ、拙者、貴殿へ助太刀つかまつるぞ。……ただし、拙者と貴殿とは讐敵《かたき》同士、恩に着るに及ばぬ、恩にも着せ申さぬ! ……五郎蔵!」
 と左門の眼が五郎蔵の方へ向いた。
「武蔵屋では、よくも拙者に手向かいいたしたな! 今日は返礼! 充分に斬るぞ!」
「黙れ、犬侍!」
 五郎蔵は躍り上がり躍り上がり、
「想いを懸けた俺の女を! ……それを汝《おのれ》、よくもよくも! ……汝こそ犬じゃ! ……やア野郎ども犬侍を叩っ殺せ!」
 声に応じ、竹槍を持った乾児が、左門眼がけて走り寄ったのが見えた。と、左門の姿が無造作に一方に開き、竹槍の柄を掴んだ。と思う間もなく、槍を掴まれた乾児が、よろめいて前へ出たところを、脇下から肩まで払い上げた。
「野郎ども一度にかかれ!」
 怒号する五郎蔵の声に駆り立てられ、三人の乾児が左右から斬ってかかった。
「頼母氏見られよ!」
 と、左門の声が響いた。と同時に、一人の乾児の斬り込んで来た脇差しを迎え、それより速く、その脇差しの上へ、自分の刀を重ねるように斬り付け、乾児の眉間を頤まで割り、
「これぞ我が流における『陽重の剣』でござるぞ! ……先ほども紙帳の中より申しましたとおり、貴殿の剣法いまだ未熟、なかなかもって拙者を討つことなりますまい。……されば拙者の剣法を仔細に見究め、拙者を討つ時の参考となされい!」
 と呼ばわり、もう一人の乾児が、味方が討たれたのに怯え、立ち縮《すく》んでいる所へ、真一文字に寄り、肩を胸まで斬り下げ、
「頼母氏、今の斬こそは、我が流における『青眼破り』でござるぞ! 相手、青眼に付けて、動かざる時、我より進んで相手の構えの中へ入り、斬るをもってこの名ござる!」
 と大音に呼ばわった。

    左門の侠骨

 いまだに立ち木に背をもたせ、五郎蔵の乾児たちと立ち向かっていた頼母は、眼に左門の働きを見、耳に左門の声を聞き、茫然とした気持ちにならざるを得なかった。それは悲喜|交※[#二の字点、1−2−22]《こもごも》の感情ともいえれば夢に夢見る心持ちとも云えた。左門が自分の味方として現われ出て来たことは、何んといっても頼母にとっては有難い嬉しいことであった。しかし討たねばならぬ父の敵から助けられるということは、苦痛《くるしみ》であった。とはいえ現在《いま》の場合においては、その苦痛は忍ばなければならなかった。もし五郎蔵一味に自分が殺されたならば、左門を討つことが出来なくなってしまうからである。今は、何を措いても、五郎蔵一味を殲滅《せんめつ》するか追い払うかしなければならなかった。それには左門からの助太刀は絶対に必要のことであった。
 頼母は勇気とみに加わり、今までは守勢の身であったのが、攻勢に出、疾風のように五郎蔵の乾児どもの中へ斬り込んだ。
 胆を奪われた乾児たちが狼狽し、散って逃げた時、
(栞殿は?)
 と、こういう場合にも、危険に曝《さ》らされている恋人のことが心に閃めき、頼母は、逃げた乾児どもを追おうともせず、身を翻えすと一気に、紙帳へ駆け寄り、左門の立っている位置とは反対の、紙帳の裏側に立ち、紙帳を背にし、もう追い縋って来た五郎蔵の乾児六、七人を前にし、構え込んだ。
 五郎蔵の乾児たちは、今は、二派に別れて立ち向かわなければならないことになった。
 十数人の乾児たちは、左門へ向かった。
 と、この時、左門の高く呼ぶ声が聞こえて来た。
「頼母殿、心得てお置きなされ! 敵大勢四方よりかかるとも、一方へ追い廻せば結局は一人でござるぞ! すなわち殿陣《しんがり》の一人が敵でござるわ!」
 この言葉を証拠立てるためらしく、左門は突き進むと、左端の一人を斬り斃し、戻りの太刀でもう一人を斬り斃し、狼狽した乾児たちが紙帳を巡って右手の方へ逃げるのを、隙かさず追い、逃げおくれた一人を、肩から背骨まで斜めに斬り下げ、紙帳の角を廻って尚追った。逃げた乾児どもは、頼母のいる紙帳の裏側まで来、そこに集まっていた七人の仲間とぶつかった。頼母に向かっていたその七人の乾児どもは、逃げて来た十数人の仲間の渦中に捲き込まれ、これも狼狽し後から左門が追って来るとも知らず、これは左手の方へ逃げだしたが、血刀を振り冠った左門の姿を見ると、仰天し、悲鳴を上げ、四方へ散り、紙帳から離れた。その乾児どもを追って、左の方へ走り出した頼母は、パッタリ左門と顔を合わせた。
「左門氏、ご助力、忝けのうござる!」
「黙らっしゃい!」
 と左門は喝した。
「貴殿と拙者とは讐敵同士! 恩には着せぬ、恩にも着たもうな!」
「…………」
 もう二人は別れていた。
 左門に追われて逃げた十数人の五郎蔵の乾児たちは、紙帳の角から少し離れた辺《あた》りで一団となり、左門を迎え撃つ姿勢をととの
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