所から脱け出し、様子を見に来たところ、向こう側の離座敷《はなれ》の襖が開いてい、紙帳の釣ってあるのが見えた。
「紙帳だーッ」
「うむ、紙帳が!」
 二人ながら呻くように云った。
 先夜、飯塚薪左衛門の屋敷で、紙帳の中の武士に、同僚二人を討たれたことを思い出したからである。
 と、紙帳の釣り手が、次々に二ヵ所まで切られたのが見えた。
(何か事件が起こっている)と、二人ながら思った。
「小林|氏《うじ》」と、角右衛門は、汗を額へ産みながら、「これは、あの時の武士らしゅうござるぞ」
「さよう」と、紋太郎は、若年だけに、一層|怯《おび》え、地に敷かれている影法師が揺れるほどに顫えながら、「其奴《そやつ》がまた誰かを……どっちみち、あの部屋で切り合いが……」
「彼奴《きゃつ》とすれば同僚の敵、……討ち取らいでは……と云って、あの凄い剣技《うで》では……こりゃア親分にお話しして……」
「乾児《こぶん》衆にも……」
「うむ。……では貴殿……」
「心得てござる……」
 と、紋太郎は、母屋の縁へ駈け上がり、五郎蔵一家の寝ている、奥座敷の方へ走って行った。
 それを見送ろうともせず、怯えた眼で、角右衛門は、紙帳ばかりを見ていた。
 と、また、釣り手が一筋切られた。
 切ったのは頼母であった。
 頼母は、あるいは左門が、最初の位置から身を移し、紙帳の、第一の角の背後に隠れていようもしれぬと思い、ソロソロと紙帳の裾を巡り、引き返し、真っ先に自分が曲がった紙帳の角まで近付き、釣り手を切って落としたのであった。
「出ろ! 左門!」
 と頼母は叫んだ。しかし、叫んだものの、飛びかかって行こうとはせず、反対に、飛び退くと、部屋の背後の壁へ背をもたせ、刀を、例の中段に構え、眼前を睨んだ。
 釣り手を切られた紙帳の角は、やわやわと撓み、やがて崩れ、今は一筋の釣り手に掲げられている紙帳は、凋《しぼ》んだ朝顔の花を、逆《さか》さに懸けたような形に、斜面をなして懸かっていた。
 左門の姿は見えなかった。
 いよいよ左門の居場所は確実に解った。やはり、最後に残った釣り手の背後――釣り手の角の背後にいるのであった。
 その方へグッと切っ先を差し付け、頼母は大息を吐いた。
 さよう、左門はその位置に、片膝を敷き、片膝を立て、刀を逆ノ脇に構え、最初《はじめ》から現在《いま》まで、寂然《せきぜん》と潜んでいたのであっ
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