私に持ち場を定め、百姓家へ参り、合力を乞い、少分の合力銭等やり候えば、悪口乱暴いたす趣き、不届き至極、目付け次第|搦《から》め捕《と》り、手に余らば、斬り捨て候うも苦しからず、差し押さえの上は、無宿、有宿にかかわらず、死罪その外重科に処すべく候云々』……勘兵衛とも又兵衛とも、姓名の儀は出ておりませんが、勘兵衛、又兵衛を目あてにしてのお触れ書きで。そうしてこのお触れ書きは、今に活《い》きている筈で。……ですから、勘兵衛、又兵衛が、今に生きていて、この辺にウロウロしていると知れたら、忽ち捕り手が繰り出され、捕らえられたら、首が十あったって足りゃアしねえ。……それほどの勢力のあった浪人組も、徒党も、二十年の間に、死んだり、殺されたり、ご処刑受けたりして、今に生きている者、はて、幾人ありますかねえ。……三人だけかもしれねえ。……一人は私で。一人は、ここから一里ほど離れている古屋敷に、躄者《いざり》になって生きている爺さんよ。……もう一人は……」
「お侍さん」と、五郎蔵が云った。「いい度胸ですねえ」
「何んだと」
「あっしゃア、どういうものか、ご浪人が好きで、これまで随分世話を見てあげましたが、ご浪人に因縁つけられたなア今日が初めてで」
「つけるだけの因縁が……」
「いい度胸だ」
「褒められて有難え」
「百二十五両お持ちなすって。……お浦、胴巻でも貸してあげな」
「親分!」と、お浦は歯切りし、「あんな乞食《こじき》浪人に……」
「いいってことよ」それからお浦の耳へ口を寄せたが、
「な! ……」
「なるほどねえ。……渋江さんとやら、それじゃアこれを……」
 お浦の投げた縞の胴巻は、典膳の膝の辺へ落ちた。それへ、金包みを入れた典膳は、ノッシリと立ち上がったが、礼も云わず、客人を掻き分けると、場外《そと》へ出て行った。
 その後を追ったのは、お浦であった。

    典膳の運命は

 この日が夜となり、火祭りの松明が、諏訪神社の周囲を、火龍のように廻り出し、府中の宿が、篝火《かがりび》の光で、昼のように明るく見え出した。
 この頃、頼母は、物思いに沈みながら諏訪神社《みや》と府中《しゅく》とを繋《つな》いでいる畷道《なわて》を、府中の方へ歩いていた。賭場で見聞したことが、彼の心を悩ましているのであった。渋江典膳という浪人が、五郎蔵を脅かした言葉から推すと、いよいよ五郎蔵は来栖勘兵衛
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