たようであった。
頼母は、夜具から脱け出し、枕もとの刀を握ると、立ち上がった。彼の眼は、すっかり覚めていた。彼は、朝飯を食べるや、すぐに床を取って貰い、ぐっすりと眠り、疲労《つかれ》を癒《なお》し、今は元気を恢復してもいるのであった。有り明けの燈に、刀の鞘を照らしながら、頼母は部屋を出、廊下を右の方へ歩き、それが、さらに右の方へ曲がっている角の雨戸を、そっと開けて見た。海の底かのように、庭は薄蒼く月光に浸っていた。庭は、まことに広く、荒廃《あ》れていた。庭の一所に、頼母の眼を疑がわせるような、物象《もののかたち》が出来ていた。古塚のような形の、巨大な岩が、碑《いしぶみ》と小松とをその頂きに持って、瘤《こぶ》のように立っているのであった。それはまったく、頼母が、紙帳から出て来た武士によって、気絶させられた地点に――そこに出来ていた、野中の道了様そっくりのものであった。酷似《そっくり》といえば、塚の左手、遙か離れた所に、植え込みが立っていて、それが雑木林に見えるのも、あの場所の景色とそっくりであった。
(紙帳が釣ってはあるまいか?)ゾッとするような気持ちで、頼母は、植え込みを見た。しかし紙帳は釣ってはなかった。あの場所の景色と異《ちが》うところは、あそこでは、塚と林との彼方《むこう》が、広々と展開《ひら》けた野原だったのに、ここでは、土塀が、灰白《はいじろ》く横に延びているだけであった。
(碑には、髭題目が刻《ほ》られてあるに相違ない)こう思って、頼母は、縁から下り、塚の方へ歩いて行き、碑を仰いで見た。碑は、鉛めいた色に仄《ほの》見えていたが、はたして、南無妙法蓮華経という、七字の名号が、鯰《なまず》の髭のような書体で、刻られてあった。(不思議だなあ)と呟きながら、頼母は、少し湿ってはいるが、枯れ草が、氈《かも》のように軟らかく敷かれている地に佇《たたず》み、(道了様の塚を、何んのために、中庭などへ作ったのであろう?)
急に彼は地へ寝た。
老幽鬼出現
(こうここへ俺が気絶して仆《たお》れれば、あそこでの出来事を、再現したことになる)
彼はしばらく寝たままで動かなかった。二十一歳とはいっても、前髪は立てており、それに、氏素姓よく、坊ちゃんとして生長《おいた》って来た頼母は、顔も姿も初々《ういうい》しくて、女の子のようであり、それが、雲一片ない空から、溢れ
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