「手に余ったら叩っ斬れ」
 と喚き出し、
「それを[#「それを」に傍点]見ろそれを!」
 と、頬に守宮《やもり》の刺青《いれずみ》をしている一人の乾児が、梁から釣り下げられている|典膳お浦《ふたり》を指さした。
「俺ら仲間の処刑《しおき》、凄かろうがな。……手前を捉えて、こうしようというのが親分の念願なのさ」
「やっつけろ!」
 脇差しを引き抜くものもあった。
 頼母も刀の柄へ手をかけ、先方《さき》が斬り込んで来たら、斬り払おうと構えたが、それにしてもお浦と典膳との境遇が、あまりに悲惨に、あまりに意外に思われてならなかった。
(いずれお浦は、あの後、五郎蔵の手に捕えられたものらしい)
 あの後というのは、お浦が左門の紙帳を冠ったまま、武蔵屋の庭から消えた後のことであって、あの時、紙帳が自然《ひとりで》のように動きだしたのは、その実、その中にお浦がいたのだということは、お浦の衣裳が、次々に紙帳の中から地に落ちたことによって、頼母にも悟れたのであった。
(その後どうして五郎蔵の手に捕えられたのであろう?)
(そうして、殺された筈の典膳が、生きていたとは? ……そうして五郎蔵の手に捕えられたとは? ……どこでどうして捕えられたのであろう?)
 彼にはこれらのことがどうにも合点いかなかったが、事実は、あの夜お浦と典膳とは、髪川の上と下とで逢った。岸の上の女が怨みあるお浦だと知ると、典膳は猛然と勇気を揮い起こし、岸へよじ上り、お浦へ掴みかかった。お浦は相手が典膳だと知るや、悲鳴を上げて遁がれようとした。二人は組み合い捻《ね》じ合った。そこへ駈け付けて来たのが、血路をひらいて逃げた左門を、捕えようとして追って来た五郎蔵達で、二人は五郎蔵たちの手によって捕えられ、武蔵屋へしょびい[#「しょびい」に傍点]て行かれ、そこで糾明された。お浦は容易に実を吐こうとはしなかったが、いわば痛目《いため》吟味に逢わされ、とうとう自分が伊東頼母を恋したこと、頼母の依頼によって天国の剣を持ち出し、頼母に渡そうとし、部屋を間違えて、五味左門の部屋へ行き、紙帳の中へ引き入れられたことなどを白状した。五郎蔵は怒った。自分が想いを懸けていた女が、頼母に心を寄せたことに対する怒りと、「持つ人の善悪にかかわらず、持つ人に福徳を与う」とまで云われている天国の剣を、頼母へ渡そうとしたことが、五郎蔵をして嚇怒《かく
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