のか、萩野には見当が付かなかった。
 で、それだけでも聞きだそうと思って、小四郎の袖を抑えた時、潜戸《くぐりど》が内からとざされた。で、聞くことさえ出来なかった。
 で、そのまま婢女《はしため》を連れて、しおしおと家へ帰ったのであったが、悲しさと口惜しさと怒りとで、眠ることなど出来そうもない。
 で、フラフラと家を出て、近くの花園の森へまで、来るともなしに来たのであった。
 萩野は松の木へ額をあて、じっと物思いに沈んでいる。
 木洩れの月光が森の中へ、薄蒼い縞を投げている。それに照らされた萩野の肩の、寂しそうなことと云うものは!
 と、その肩が顫え出した。すすり泣いている証拠である。
「小四郎様と比較《ひきくらべ》て、秋安様の親切だったことは! そういうお方を振りすてて、小四郎様へ気を向けたのは、妾《わたし》の愚かというよりも、魔が射したものと思わなければならない。そのあげくに[#「あげくに」に傍点]妾は捨られたのだ。誰にも逢わす顔がない。ましてや今さらオメオメと、秋安様とは逢うことは出来ない。ちょっとした心の迷いから、二つの恋を失ってしまった」
 限りない絶望と悔恨とが、今や萩野をと
前へ 次へ
全79ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング