とであろう。
石川五右衛門が四條河原で、釜茄にされたことであろう。
で、春が巡って来た。花園の森には松の花が咲き、桜の花が散り出した。そうして、麦の畑では、鶉《うずら》[#「鶉」は底本では「鵜」]がヒヒ啼きを立てはじめた。
そういう花園の森の中に、三人の男女が坐っていた。香具師《こうぐし》姿の男女である。一人はその名を梶右衛門と云って、六十を過ごした老人であり、一人はその名を梶太郎と云って、その老人の子であった。二十三歳の若者である。そうしてもう一人は萩野であった。香具師姿の萩野であった。
「若い者同志は若い者同志、話をするのが面白かろう。どれどれ俺は見廻って来よう。……奴らあんまり騒ぎ過ぎるて」
森の奥に大勢の仲間がいて、陽気にはしゃいで[#「はしゃいで」に傍点]いると見えて賑かな喋舌《しゃべ》り声が聞こえていたが、梶右衛門親方は腰をあげると、元気よくそっちへ歩いて行った。
で、軟かい草を敷いて、ここの境地へ残ったのは、梶太郎と萩野と二人だけであった。
昼の日が森へ差し込んでいる。その日に照らされた梶太郎の顔は、流浪の人種の若者などとは、どんなことをしても思われないほどに
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