たよ」
「約束の時刻よりは早いつもりだ」
云い云い静かに歩み寄って、縁へ腰をかけた常陸介と、押し並ぶように腰かけたのは、無徳道人《むとくどうじん》事石川五右衛門であった。
ちょいと五右衛門は主殿《おもや》の方を見たが、
「相変わらず今夜も盛んだの」
「うん」と云ったものの常陸介の声には、憂わしい不安な響きがあった。
「あの有様だから困るのだ」
「そうさ、あれでは困るだろう」
で、沈黙が二人へ来た。
「ところで五右衛門結果はどうだ?」
ややあって常陸介がこう訊《たず》ねた。
「うむ、ともかくも一通りは探った」
五右衛門の声には笑殺《しょうさつ》がある。
「ただの私用ではないのだよ」
「俺もそうだろうとは感付いていたが、幸蔵主の態度が不明なのでな」
「あれは秀吉の懐中《ふところ》刀さ」
「が、我君にも忠実のはずだ」
「しかしそれは私情だよ。大事に処せば私情などは、古沓《ふるぐつ》のように捨てしまう」
「お互いそれには相違ないさ。……で、幸蔵主が我君を連れて伏見の城へ行こうとするのは、やはり太閤の指し金かな?」
「そうだ秀吉の指し金なのだ」
「伏見へ召してどうするのだろうな?」
「
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