、
「いずれ由緒《よし》あるお身の上とは、最初から存じて居りましたが、そのような名家の遺兒《わすれがたみ》とは、思い及びも致しませんでした。そういうお方をお助けしたことは、この秋安にとりましては、名誉のことにござります。で、お尋ねいたしますが、今後はいかようになされます? やはりご廻国なさいますお気で?」
「はい」と云うと娘のお紅は、寂しそうに顔を俯向けたが、
「手頼り無い身にござります。一人ぼっちの身にござります。やはり諸国を巡りまして、神社仏閣を参拝し、この一生を終わります他には、手段はないように存ぜられます。今宵一夜だけお泊め下されて。明日はお許し下さりませ。早々においとまいたしまして……」
「旅へ立たれるお意《つもり》なので?」
「そう致しとう存じます」
「が、またもや悪漢どもが、苦しめましたならどうなされます」
途絶えた鼓
これがお紅には気がかりなのであろう。俯向いたままで黙っている。
どうやら夜風でも出たらしい、この離座敷《はなれ》の中庭あたりで、木々のざわめく音がした。
庭には花が咲いているはずだ。風に巻かれて諸々の花が、繚乱と散っていることであろう。
が、
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