した。にわかに体が縮《ちぢ》まったのは、根元へうずくまったからであろう。しばらくの間は身動きもしない。何かを思い詰めているらしい。ただ肩ばかりが顫えている。いぜんとして泣いているからであろう。
 やがて心を定めたかのように、萩野はゆるゆると立ち上ったが、腰の辺りを探り出した。
 と、紐がクルクルと解けた。
 仰ぐように顔を上向けて、松の下枝へ眼をやったが、片手を上げて紐を投げた。
 松の枝へかかって下った紐を、両手で握って引いたのは、縊《くび》れて死のうとするのでもあろう。
 縊れて死のうとしたのであった。
 しかし紐の端へ頤をかけた時に、背後《うしろ》から二本の腕が出て、萩野の肩を引っかかえた。
「ひとつ御相談にのりましょう。短気はおやめなさりませ。死ぬほどの事情がありましても、生きられる事情にもなりますもので。ひとつ御相談に乗りましょう。私にお任《まか》せなさりませ」
 つづいてこういう声がしたが、優しい老人の声であった。


秋安の館

 ちょうど同じ晩のことであるが、秋安の屋敷の一間の中で、廻国風の美しい娘と、北畠秋安とが話していた。
 秋安の父は秋元《あきもと》と云い、北畠|
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