外の出来事から、新しい恋を得るようである。
が、それはそれとして、この日が暮れて夜になった時、花園の森の一所へ、一人の女が現われた。
闇の中の声
「秋安様の予言どおりに、妾《わたし》は小四郎様にあざむかれた」
さも後悔に堪えないように、声に出して女は呟いたが、他ならぬ娘の萩野であった。
今宵も忍んで来るがよいと、こういう約束があったので、萩野は恋心をたかぶらせながら、聚楽第《じゅらくだい》の付近にある、小四郎の住居《すまい》まで行ったところ、小四郎はどうしたものであろうか、けんもほろろの挨拶をして、萩野を追い返してしまったのである。
「野に在る花は野にあるがよい。其方《そなた》はやっぱり野にある花だ。しかるに私《わし》は聚楽の家臣、地下の者とは身分が違う。何もお前を嫌うのではないが、これまでの縁はこれまでとして、其方は其方の昔にかえり、私は私の昔にかえろう。で、今後は私も行かぬ。其方も私を訪ねないがよい」
こういう露骨の言葉をさえ、萩野は小四郎から貰ったのである。
ことの意外に驚きながらも、どうすることも出来なかった。しかしどうしてそうもにわかに、小四郎の心が変わったのか、萩野には見当が付かなかった。
で、それだけでも聞きだそうと思って、小四郎の袖を抑えた時、潜戸《くぐりど》が内からとざされた。で、聞くことさえ出来なかった。
で、そのまま婢女《はしため》を連れて、しおしおと家へ帰ったのであったが、悲しさと口惜しさと怒りとで、眠ることなど出来そうもない。
で、フラフラと家を出て、近くの花園の森へまで、来るともなしに来たのであった。
萩野は松の木へ額をあて、じっと物思いに沈んでいる。
木洩れの月光が森の中へ、薄蒼い縞を投げている。それに照らされた萩野の肩の、寂しそうなことと云うものは!
と、その肩が顫え出した。すすり泣いている証拠である。
「小四郎様と比較《ひきくらべ》て、秋安様の親切だったことは! そういうお方を振りすてて、小四郎様へ気を向けたのは、妾《わたし》の愚かというよりも、魔が射したものと思わなければならない。そのあげくに[#「あげくに」に傍点]妾は捨られたのだ。誰にも逢わす顔がない。ましてや今さらオメオメと、秋安様とは逢うことは出来ない。ちょっとした心の迷いから、二つの恋を失ってしまった」
限りない絶望と悔恨とが、今や萩野をと
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