しび》が隙から射して、廊下を明るく照らしている。
血刀を下げて突っ立っているのは、宿老の木村常陸介であった。
足許に死骸が転がっている。一刀で仕止められた小四郎の死骸で、肩から胸まで割られている。
切口から流れた血が溜まって、廊下へ深紅の敷物でも、一枚厚く敷いたようであった。
「聚楽の乱脈はこの有様だ。とうてい長い生命《いのち》ではあるまい。……頼むは五右衛門ばかりだが……」
懐紙で血刀をゆるゆるとぬぐい、鞘へ納めた木村常陸介は、廻廊の欄干へ体をもたせ、奥庭の木立の頂き越しに、伏見の方の空を見た。
「これは不可《いけ》ない、仕損じたらしい」
公孫樹《いちょう》の大木の真上にあたって、五帝星座がかかっていて、玄中星が輝いていたが、一ツの簒奪星が流星となって、玄中星を横切ろうとした。
が、そこまで届かないうちに、消えてなくなってしまったからである。
「可哀そうに五右衛門は捕らえられたらしい」
一年後の花園の森
こうして一年の日が経った。
その間に起こった事件といえば、聚楽第の主人の秀次が、高野山で自害をしたことであろう。
木村常陸介をはじめとして、家臣妻妾が死んだことであろう。
石川五右衛門が四條河原で、釜茄にされたことであろう。
で、春が巡って来た。花園の森には松の花が咲き、桜の花が散り出した。そうして、麦の畑では、鶉《うずら》[#「鶉」は底本では「鵜」]がヒヒ啼きを立てはじめた。
そういう花園の森の中に、三人の男女が坐っていた。香具師《こうぐし》姿の男女である。一人はその名を梶右衛門と云って、六十を過ごした老人であり、一人はその名を梶太郎と云って、その老人の子であった。二十三歳の若者である。そうしてもう一人は萩野であった。香具師姿の萩野であった。
「若い者同志は若い者同志、話をするのが面白かろう。どれどれ俺は見廻って来よう。……奴らあんまり騒ぎ過ぎるて」
森の奥に大勢の仲間がいて、陽気にはしゃいで[#「はしゃいで」に傍点]いると見えて賑かな喋舌《しゃべ》り声が聞こえていたが、梶右衛門親方は腰をあげると、元気よくそっちへ歩いて行った。
で、軟かい草を敷いて、ここの境地へ残ったのは、梶太郎と萩野と二人だけであった。
昼の日が森へ差し込んでいる。その日に照らされた梶太郎の顔は、流浪の人種の若者などとは、どんなことをしても思われないほどに
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