。……そんなにも綺麗なお紅なのだ。俺だって恋しく思うではないか。頼む、あけてくれ、扉をあけてくれ!」
更にそれから誘惑するように。
「が、勿論頼むには、頼むだけのことはするつもりだ……殿下から拝領の生絹をやろう、殿下から拝領の羅紗布をやろう、殿下から拝領の紋唐革をやろう。もしお前が欲しいというなら、刺繍した黒|天鵞※[#「糸+戊」、515−下−18]《ビロード》をくれてやる。黄金をやろう、背負いきれないほどの黄金を!」
どうやら最後のこの言葉は、四塚の姥をまどわした[#「まどわした」に傍点]らしい。
しばらくの間は黙っていたが、諂うように声をかけた。
「黄金を下さると有仰るので?」
「やるよやるよ、背負いきれないほどやるよ」
「まあまあ左様でござりますか、考えることにいたしましょう。妾はすっかり老い枯ちて居ります。この女部屋の宰領役さえ、わずらわしいものになりました。どうぞ閑静な土地へ参って、安楽なくらし[#「くらし」に傍点]をいたしたいもので。それにはお宝が入用《い》りますので。……貴郎《あなた》様がそれを下さるという。有難いことでござりますよ。ではこの扉をあけましょう。ご自身にお入りなさりませ。ご自身に寝部屋へ参られませ」
すぐにカチカチと音がした。どうやら錠でもあけるらしい。
「有難い有難い礼を云うぞ。そうしたら俺はお紅を連れ出し、遠く他国へ行くことにしよう。そうしてそこで一緒に住む」
やがてギーという音がした。
と、扉が一方へあいて、先刻《さっき》方お紅の部屋に在って、お紅に因果を含めていた、老婆が顔をつき出した。すなわち四塚の姥である。
「お入りなされ」
「もう占《し》めたぞ!」
だがその時どうしたのであろうか、四塚の姥は、
「あッ」と云ったが、ビ――ンと扉をとじてしまった。
主殿《おもや》とつながれている廻廊を、一つの人影が辷るように、こっちに近寄って来たからである。
「小四郎!」
「おッ、ご宿老様!」
「不忠者!」
か――ッと一太刀!
悲鳴が起こって骸が斃れた。
幸蔵主《こうぞうす》が樓上で耳にしたのは、この小四郎の悲鳴なのであった。
「四塚の姥! 扉をあけろ。……うむ、開けたか、顔を出せ。……お紅という娘が居るはずだ。丁寧にあつかって連れて参れ」
「かしこまりましてござります」
密房の扉があけられている。
砂金色の燈火《とも
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