八重《やえ》とは依然として、松浦|頼母《たのも》の屋敷の部屋に、縄目の恥辱を受けながら、二人だけで向かい合っていた。
「独楽を渡して配下になるか、それとも拒んで殺されるか? 即答することも困難であろう。しばらく二人だけで考えるがよい」
 こう云って頼母が配下を引き連れ、主屋の方へ立ち去ったので、二人だけとなってしまったのである。
 一基の燭台には今にも消えそうに、蝋燭の火がともってい、その光の穂を巡りながら、小さい蛾が二つ飛んでいる。
 顔に乱れた髪をかけ、その顔色を蒼白にし、衣紋を崩した主税の体は、その燭台の背後《うしろ》にあった。そうして彼の空洞《うつろ》のような眼は、飛んでいる蛾に向けられていた。
(もともと偶然手に入った独楽だ。頼母にくれてやってもよい。莫大な金高であろうとも、淀屋の財産など欲しいとは思わぬ。……しかしこのように武士たる自分を、恥かしめ、虐み、威嚇した頼母の、配下などには断じてなれない。と云って独楽を渡した上、頼母の配下にならなければ、自分ばかりかお八重の命をさえ、頼母は取ると云っている。残忍酷薄の彼のことだ、取ると云ったら取るだろう。……命を取られてたまるもの
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