か?)
 無心に蛾の方へ眼を向けたまま、こう主税は思っていた。
 一つの蛾が朱筆の穂のような火先《ほさき》に、素早く嘗められて畳の上へ落ちた。死んだと見えて動かなかった。
(ではやっぱり頼母の意志に従い、淀屋の独楽を渡した上、彼の配下になる以外には、他に手段はないではないか)
 逆流する血の気を顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》の辺りへ感じた。しかし努力して冷静になった。
(そうだ独楽を渡した上、あなた様の配下になりますると、偽りの誓言を先ず立てて、ともかくも命を助かろう。その余のことはそれからで出来る)
 何よりも命を保たなければと、主税はそれを思うのであった。
(それにしてもお八重が盗人とは! お館の宝物の数々を盗んだ、その盗人がお八重だとは!)
 これを思うと彼は発狂しそうであった。
(恋人が盗人とは! それも尋常の盗人ではない、お館を破滅に導こうとする、獅子身中の虫のような盗人なのだ!)
 見るに忍びないというような眼付をして、主税は隣室の方へ眼をやった。
 そこにお八重が突っ伏していた。
 こっちの部屋から流れこんで行く燈光《ひかり》で、その部屋は茫《ぼっ
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