》と明るかったが、その底に濃紫《こむらさき》の斑點《しみ》かのように、お八重は突っ伏して泣いていた。
 泣き声は聞こえてはこなかったが、畳の上へ両袖を重ね、その袖の上へ額を押しつけ、片頬を主税の方へわずかに見せ、その白いふっくり[#「ふっくり」に傍点]した艶かしい片頬を、かすかではあるが規則正しく、上下に揺すって動かしているので、しゃくりあげ[#「しゃくりあげ」に傍点]ていることが窺われた。
 それは可憐で痛々しくて、叱られて泣いている子供のような、あどけなさ[#「あどけなさ」に傍点]をさえ感じさせる姿であった。
(あの子が、お八重が、何で盗人であろう!)
 そういう姿を眼に入れるや、主税は猛然とそう思った。
(これは何かの間違いなのだ!)
「お八重殿」と嗄《しわが》れた声で、主税は嘆願でもするように云った。
「真実を……どうぞ、本当のことを……お話し下され、お話し下され! ……盗人などと……嘘でござろうのう」
 狂わしい心持で返事を待った。
 と、お八重は顔を上げた。
 宵闇の中へ夕顔の花が、不意に一輪だけ咲いたように、上げたお八重の顔は蒼白かった。
「山岸様!」と、その顔は云った。
前へ 次へ
全179ページ中102ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング