「八重は死にます! ……殺して下さりませ! ……八重は盗人でござります! ……深い事情がありまして……あるお方に頼まれまして……お館の数々のお宝物を、盗んだに相違ござりませぬ。……貴郎《あなた》様のお手にかかりまして、もし死ねましたら八重は本望! ……悲しいは愛想を尽かされますこと! ……死にたい! 殺して下さりませ!」
 花が不意に散ったように、お八重の顔は沈んで袖の上へ消えた。
 泣き声が細い糸のように引かれた。
(そうか、やっぱり盗人なのか)
 主税は首を膝へ垂れた。
(深い事情があるといった。そうだろう! その事情は?)
 泣き声はなおも断続して聞こえた。
(事情によっては許されもするが……)
(あるお方に頼まれたという。何者だろう、頼んだものは?)
「ここを出たい!」と声に出して、主税は思わずそう叫んだ。
 縄を千切って、お八重を助け出して、ここを出たい! ここを出たい!
 無効《むだ》と知りながら又主税は、満身に力を籠めて体を揺すった。
 しかし、縄は切れようともしない。
 時がだんだん経って行く。
 廊下に向いて立てられてある襖が、向う側から開いたのは、それから間もなく
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